法律事務所の相談室で作業する土田さん=札幌市中央区で2025年5月28日、高山純二撮影 目標を見失い、酒に溺れる日々が始まった。 元プロボクサーの弁護士、土田史(ふみと)さん(44)=札幌市。プロデビュー3戦目で右手を複雑骨折し、ボクシングを引退すると、東京・歌舞伎町のゴールデン街に通うようになった。 「ボクシングをまだやりたい。でも、もうできない」 目の前に突きつけられた現実を受け入れることができず、新たな目標も見つけられない。そんな日々が2年も続いた。Advertisement 「腐るのもいいかげんにしなさい」。引退から2年がたったある日、なじみになったバーのママに言われ、その通りだと思った。 新たな目標を探し始めた時、ふと思い出したのがボクサー時代、アパートの立ち退きを求められたことだった。 当時、引っ越したくても金がなかった。どうすればいいか。借地借家法をひもといたところ、自分は出て行かなくてもいいことに気がついた。 ほかの住人は10万円程度の立ち退き料で次々と出て行き、住人は自分だけになっていた。法律を盾に所有者と交渉した結果、最終的に42万円の立ち退き料をもらうことができた。 「法律を知っている人間と知らない人間で、パワーが全然違う。知っているだけですごいパワーになる」。新たに進む分野を法律に決め、一番難しい道に挑戦しようと思った。 「弁護士ならば、誰と仕事するか、どこで仕事するか、どんな仕事をするか全部自分で自由に決められる。しかも、医者などと違い、初期投資や開店資金がいらないことも魅力だった」 2007年に大学に復学し、3年かけて卒業すると、法科大学院に入学し、本格的な勉強漬けの毎日が始まった。 1日朝9時から夜9時までの勉強が基本で、時には深夜まで机に向かうこともあった。学費や生活費は、奨学金や母の支援で賄った。 「ボクシングのトレーニングも、司法試験の勉強も両方キツかった。ただし、メンタルの波が激しいのは司法試験。いつクリアできるのか分からない、終わりのないトンネルを走っている感覚だった」 3回目の挑戦で司法試験に合格。札幌での司法修習を終え、15年に弁護士デビューを果たした。 相続や不動産の案件を受任すると、弁護士の力だけではカバーしきれないことがあることも分かった。例えば、遺産分割に伴う不動産登記は書式が独特で、司法書士の力が必要になる。遺産相続で言えば、弁護士は紛争防止の視点で顧客にアドバイスし、相続税が膨れ上がることもある。 一方で、税理士は節税対策の情報提供が中心となり、将来の紛争防止への視点はほとんどないのが実情だった。 各士業の業務の境界は「業際」と呼ばれ、その線引きがたびたび問題になっている。 「弁護士や司法書士、税理士、行政書士らがそれぞれの視点で情報提供し、言うことが違うこともある。顧客はその中をたらい回しにされ、不十分な情報で選択を迫られる。ワンストップでアドバイスができるよう、各士業を集めたチームをつくり、業際問題もクリアしたいと考えた」 19年に各士業を集めた一般社団法人「北海道シニアサポートぽぷら」を設立。相談を受ける際には、必要に応じた士業が同席し、各アドバイスのメリット、デメリットがはっきり分かる相談体制を整えた。 ぽぷらは、「ダイヤ書房」(札幌市東区)で開かれている終活セミナー「街の本屋の終活倶楽部(くらぶ)」にも協力する。 「ぽぷらの活動が顧客にとって価値が高いことが分かった。将来は各フロアに各士業がいるビルをつくりたい。そのビルに来てもらえれば、全部面倒をみられる形にしたい」。元プロボクサーの弁護士は新たな夢に向け、走り続けている。【高山純二】 1980年生まれ、伊達市出身。室蘭栄高、早稲田大教育学部卒。中央大法科大学院修了。2015年に札幌弁護士会に登録し、23年にリーガライト法律事務所を設立。一般社団法人「北海道シニアサポートぽぷら」の代表理事を務めるほか、法律家向けオンライン実務学習塾「&LAW」(アンドロー)も主宰する。行政書士、宅地建物取引士の資格も持つ。