探訪珍スポット:日本最古? 文化財? “シ多曲屈”と記載の「奇跡」の標識 香川

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大正時代後期から昭和初期の間に設置されたとみられる道路標識。5月中旬までは高松市塩江町の市道脇に設置されていた=高松市提供写真一覧 「現存する日本最古の道路標識なのでは」――。一部でそうささやかれている標識が、香川、徳島両県境の山々に囲まれた高松市塩江町の市役所支所でひっそりと展示されている。大正時代後期から昭和初期のものと思われるその標識は、今年5月までは屋外の市道脇に設置されていた。だがいつから、どういった経緯でそこに設置されていたのかは不明だ。知る人ぞ知るその道路標識の謎に迫った。 「シ多曲屈」「先米百」。標識を見た者がまず度肝を抜かれるのが、そこに刻まれている一見、意味不明の横文字だ。日本では戦前まで文字を右から左に読み書きしていたが、現代語風に左から右へ読むと「屈曲多し」「100メートル先」といった意味。二つの横文字の間には、アルファベットの「Z」のような乱雑な図形が描かれており、どうやら100メートル先にカーブが続いていることへの注意を呼びかけているらしい。標識は同30日から高松市塩江支所で展示されており、全体の高さは約2・4メートル。金属製で支柱の上部に赤で縁取りされた三角形のマーク(一辺60センチ)、下には黒字に白で冒頭の横文字が表記された長方形の板(縦60センチ、横40センチ)が掛けられている。Advertisement 同市などによると、1922(大正11)年に定められた「道路警戒標」の様式と一致しており、新たな法令が制定された42(昭和17)年までの間に設置されたとみられる。今年5月中旬まで、同市塩江町の市道脇の電柱に針金でくくり付けられる形で立てられていたという。 市道脇に設置されていた際には土台もなく、劣化が進む一方だった。設置時期も判然としない中、周辺の道路状況も変わり、標識が注意を呼びかける「屈曲(カーブ)」ももはやなくなっていた。電柱に針金でくくり付けられていたが、標識の板が外れかかっており、落下して人や車に直撃するリスクもあったため、地域住民の了解を得て市が移動させることにした。 「本当に日本最古なのか、『文化財』としての価値があるのかなどは分からない」。同市南部土木センターの担当者はこう吐露し、「珍しいものでもあるし、このままボロボロになっていくのを放置するのも(行政として)よくない。市から地元の人たちに働きかけ移動させてもらうことにした」と説明する。 「謎」の道路標識がなぜそこに現存していたのか、経緯はよく分かっていない。 「ただ単純に撤去されず、たまたま残っていただけでは」。塩江町で地域振興に取り組む一般社団法人トピカの代表理事、村山淳さん(36)は推測する。 村山さんはかつて、この道路標識について調べようと、地元住民らに聞き込みをしたことがある。だが、100年ほど前のものかもしれない標識だけあって、その詳細を知る人は皆無だった。山村さんは「結局ほとんど何も分からなかった。そもそも標識の存在自体に気づいていない人もいた」と振り返る。「謎」の道路標識が展示されている高松市塩江支所の外観=同市塩江町で2025年5月31日午後0時11分、目野創撮影写真一覧 地元ではあまり注目もされないまま、長年ひっそりと市道脇にたたずんでいた道路標識だが、一部の人々の間では知られた存在だったようだ。道路標識に関する著書もある山崎賀功(がく)さん(23)は「標識マニアの中ではかなり有名な存在」と語る。 山崎さんはこれまでに全国各地を巡り、2000カ所以上の道路標識をカメラに収めてきたが、同じ様式の標識が現存している例は、塩江町の「謎の標識」以外には思い当たらないという。山崎さんは「戦前の標識が残っているのならば『奇跡』。現存する日本最古の道路標識である可能性は高いのではないか」と話す。 塩江町はかつて阿波国(徳島県)や讃岐国(香川県)を結ぶ交通の要衝で、宿場町として栄えた。温泉地としても有名で、29(同4)年には現在の同市仏生山町(ぶっしょうざんちょう)とを結ぶ「塩江温泉鉄道」が開業。しかし、戦時下の41(同16)年には鉄道も廃止され、周辺には今、「兵(つわもの)どもが夢の跡」さながらの雰囲気が漂っている。 記者は5月末、道路標識があった場所へ行ってみた。高松市と徳島県海陽町を結ぶ国道193号から脇道へそれた先に、道路標識がくくりつけてあった電柱を見つけた。道沿いには民家が建ち並ぶが、人通りや車の行き来も少ない静かな一角だ。周囲から祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声は聞こえなかったが、1世紀前後もの間、人々の営みや「栄枯盛衰」を見守り続けてきたのかもしれないと思うと、数週間前までそこにあった「謎」の標識が妙にいとおしく思えてきた。【目野創】【前の記事】公園に「どこでもドア」? SNSの「映え」スポットに 福岡・豊前