オーエス劇場の岸本徳治さん=大阪市西成区で2025年5月23日、中川祐一撮影写真一覧 日雇い労働者の街として知られる大阪市西成区。昭和の趣が残る路地裏に、70年あまりにわたって下町の芸能を支えてきた劇場がある。 その舞台がいま、窮地に立たされている。再起を託す秘密兵器は「観劇歴なし」の若者たちだ。 西成区の山王地区には「ディープ」な雰囲気が漂う。西には労働者や外国人観光客が利用する簡易宿泊所、東には歓楽街の飛田新地。狭い路地を抜けた先に大衆演劇場の「オーエス劇場」はある。Advertisement 年季の入った劇場の看板が歴史を物語る。5月下旬のある日、関西を拠点に活動する劇団「春陽座(はるひざ)」の公演が開かれていた。「演者との近さ」魅力 開演が近づいた午後5時前になるとぽつぽつと観客が訪れ、130席の客席に20人ほどが座った。大半がひいきの演者を見ようと訪れた「推し活」の中高年の女性客だ。 刀剣によるチャンバラや人情味あふれるシリアスなシーンがあれば、一転してセリフ遊びや場面の「やり直し」などコミカルなシーンも挟まれる。オーエス劇場で上演された大衆演劇=大阪市西成区で2025年5月23日、中川祐一撮影写真一覧 舞台後半には舞踊ショーが披露された。観客は役者の名を叫んだり写真を撮ったりと夢中で、終了後には劇場の出入り口で役者と歓談ができる「送り出し」を楽しんだ。 「演者との『近さ』は大衆演劇の大きな魅力の一つです」。オーエス劇場を切り盛りする岸本徳治さん(36)は説明する。 劇場は1954年に岸本さんの祖父が開業した。一帯はかつて「てんのじ村」と呼ばれた、上方演芸発祥の地とされる演劇街。開館当初は浪曲を上演するための場だった。オーエス劇場=大阪市西成区で2025年5月23日、中川祐一撮影写真一覧 その後は映画館などにかたちを変えながら、83年に大衆演劇場に生まれ変わった。現在も月替わりで全国各地の一座が公演する「常打ち劇場」としてファンが訪れる。 開業以来、4代にわたって家族経営を続けてきた。サラリーマンをしていた岸本さんだが、今年2月に父親が急死したことがきっかけに家業を手伝うようになった。「劇場を続けてほしい」。父の言葉が背中を押した。専用劇場は今やわずか 「自分が幼い頃は開場前からすごい行列だった。役者に渡すお花(金品)も、今では考えられないほどだった」。幼い頃の思い出を岸本さんは振り返る。 演劇などの文化に詳しい鵜飼正樹・京都文教大教授らによると、大衆劇場は昭和20年代に「黄金期」を迎え、全国の約600カ所にあったとされる。テレビの普及で衰退の危機に直面したが、「下町の玉三郎」の異名を取った梅沢富美男さんら人気演者の登場で再興した。 ただ、その後はホテルや温浴施設などに備えられたステージが各劇団の主な活動の舞台に。専用の劇場は約60カ所が残るのみになった。 それでもオーエス劇場は全国から訪れる根強いファンや地元の人たちに支えられ、老舗劇場として人気を博してきた。オーエス劇場で上演された大衆演劇=大阪市西成区で2025年5月23日、中川祐一撮影写真一覧 しかし、新型コロナウイルス禍が状況を一変させた。接触機会を減らすために送り出しもできなくなり、60~80代の高齢層が中心の来場者は半減。コロナ禍が過ぎても客足は戻っていない。 課題は新規ファンの獲得だった。「各劇団も若い役者さんが台頭してきている。この流れで若年層やインバウンド(訪日外国人)を取り込みたい」 家業のバトンを受け取った岸本さんが知人の紹介でたどり着いたのが、大学生とのコラボだった。 桃山学院大(大阪府和泉市)の学生サークル「地域連携委員会NexusWorks(ネクサスワークス)」は1年前に結成された。「エンタメの宝庫」 アイデア実現へCF キャンパスがある和泉市の駅前活性化や地域での親子向けイベントなどを手がけてきたが、メンバー5人全員が大衆演劇は見たことがなかった。岸本さんから窮状を聞き、まずはオーエス劇場で実際に観劇してみることにした。 「モノクロの時代劇のような難しくて堅い印象を抱いていた」桃山学院大「地域連携委員会NexusWorks」代表の木田隼翔さん(中央)らサークルのメンバー=2025年4月28日午後4時、露木陽介撮影写真一覧代表の木田隼翔さん(20)は自身が持っていたイメージとのギャップに驚いた。 特に目を引いたのがきらびやかな衣装や刀剣だ。「カラフルで若い世代や言葉の壁がある外国人観光客に楽しんでもらえる。これは『イケる』」。エンターテインメントの宝庫に見えたと振り返り、新たな客層が開拓できると確信した。 劇場や大衆演劇を取材して交流サイト(SNS)で紹介▽近くの商店街と連携した劇団員の路上パフォーマンス▽外国人観光客向けの多言語対応――メンバーのアイデアは尽きなかった。 こうした発想を具体化するために資金を調達するクラウドファンディング(CF)もはじめた。6月末をめどに150万円を集めるのが目標だ。 「劇場の造りもしっかりしていて、廃れさせてはいけないと思った。大衆演劇が初めての人も遠ざかっていた人も、外国の人も、ステージや花道を堪能してもらいたい」と木田さんは話す。 劇場を見守り続けてきた岸本さんは「心配とワクワクが入り交じった気持ち。学生たちの熱意に劇場の未来を託してみたい」と期待を寄せる。 老舗劇場と大学生。異色の組み合わせが活気を失いつつある演劇街に新たな風を吹かせる。 CFの詳細は専用サイト(https://readyfor.jp/projects/osgekijyo)から。【露木陽介】