NHKの朝ドラ「あんぱん」のポスターや出演者のサインと並ぶ竹谷光司さん=千葉県佐倉市で2025年6月5日午後3時34分、平塚雄太撮影写真一覧 放送中のNHK連続テレビ小説「あんぱん」で、出演者らが食べるパンを作っているのが千葉県佐倉市の竹谷光司さん(77)だ。パン作りの演技指導もしている。小麦に関わって半世紀を超えた今も、理想のパンを追い求めている。「やっぱり役者さんはすごい」 竹谷さんは、佐倉市の京成ユーカリが丘駅の駅ビル内にあるパン店「TSUMUGI(つむぎ)」の前身店を経営していた。Advertisement 勤務先を退職後の2010年に店を開き、現在は息子に経営を任せている。朝ドラの放送開始以降、店の「粒あんぱん」(税抜き230円)は連日売り切れの人気となっている。 朝ドラ「あんぱん」は、「アンパンマン」の作者で漫画家・やなせたかしさんと妻の暢(のぶ)さんをモデルにした物語で、あんパンはドラマの重要なカギとなる。 竹谷さんは北海道室蘭市の豆腐店に生まれた。好きだったパンの道を志し、北海道大を卒業後に大手製パン会社に就職。1年ほどで退職し、1971年から西ドイツ(当時)に渡って3年間パン作りを学んだ。NHKの朝ドラ「あんぱん」で、出演者らが食べるパンを作った竹谷光司さんの息子の店「TSUMUGI」=千葉県佐倉市で2025年6月5日午後3時33分、平塚雄太撮影写真一覧 帰国後、日清製粉に入社した。81年には、パン作りの基礎をまとめた「新しい製パン基礎知識」を出版。この本は「業界で知らない人はいないバイブル」(発行元のパンニュース社)となった。 NHKから声がかかったのは2024年6月。職人を養成する「日本パン技術研究所」でパンの歴史を教えていたことから、指導役を頼まれた。 「昔のパンを知る人は珍しいからね。それに、私のような暇な年寄りがちょうど良かったのでしょう」と竹谷さんは笑って振り返る。東京・渋谷のNHK放送センターに通い、職人を演じる阿部サダヲさんや主演の今田美桜さんらに小麦粉をこねるところから教えた。 「やっぱり役者さんはすごいね。一度教えただけでのみ込みが早い」 特に驚かされたのは、阿部さんが乾パンの生地を切るシーンだ。役柄の個性を生かすため、あえて「当て板」を使わずに撮影した。プロの職人でも均一に切りそろえるために当て板を使うのに、阿部さんはリハーサルで要領を覚え、ムラなく切りそろえた。 「普通の人間は自信がないと声や動作が小さくなるが、阿部さんは堂々としていて見事だった。まさにプロだと思った」と竹谷さんは舌を巻く。 撮影中は苦労もあった。「物資が乏しい時代のパンを再現して」と言われた時だ。 たんぱく質の含有量が少ないパンを作ることにしたが、少ないと言われるフランスパンでも下限は9・5%ほど。コーンフラワーを混ぜてたんぱく質を6~8%に抑えたのに、「この時代にしては豪華に見える」と言われた。 小麦粉を減らしすぎると、つなぎの役割をするものがなくなってまとまらなくなる。大正時代の文献に目を通して研究を重ね、小麦粉は2割だけにし、残りはコーンフラワーにした。「これ以上は小麦粉を減らせない」という極限のパンに仕上げ、ようやく納得してもらった。NHKの朝ドラ「あんぱん」で、出演者らが食べるパンを作った竹谷光司さん。店のあんパンは連日売り切れている=千葉県佐倉市で2025年6月5日午後3時45分、平塚雄太撮影写真一覧やなせさんに「恩返しを」 日清製粉に勤めていた頃、業界団体の「製粉協会」に出向し、農業試験場の研究者や農家と交流を深めた。この時、国産小麦の品種ごとの特徴を知った。 小麦に含まれるデンプンは、アミロペクチンが多いほどもちもちとした食感になる。日本の小麦は、この性質を生かして改良を重ねた品種が多く、世界的にも珍しいという。もちもちとした食感を生かすことで、日本人好みのパンになると考えている。 パン作りの原点は、西ドイツで過ごした20代の3年間だ。「ヨーロッパではその土地の小麦の特性に合ったパンがある」と気付かされた。 フランスでは、たんぱく質が少ない小麦を使ったフランスパン。ドイツには特産のライ麦のパン。どちらも味わい深く、飽きることがなかった。 では、日本はどうだろうか。「食パンの普及に伴って小麦粉を輸入してきたが、国産小麦を使って日本人好みのパンを作るべきだ」と思う。NHKの朝ドラ「あんぱん」で、出演者らが食べるパンを作った竹谷光司さん。写真は、国産小麦を使った三日月形のパン=千葉県佐倉市で2025年6月5日午後2時33分、平塚雄太撮影写真一覧 昨年から売り出した三日月形の「クレセント」は、その考えから生まれた。北海道や茨城県などの国産小麦の特長を生かし、外側はカリッとした食感に、中はもっちり柔らかく仕上げた。4月に阿部サダヲさんがNHKの番組で紹介して評判になった。 朝ドラ「あんぱん」の時代とは違い、現代は小麦も設備も豊富にある。パンに向かないと言われた国産小麦の品種改良も進んだ。「私にとって今が最高の時代」と竹谷さん。「良質の国産小麦を使って新しいパンを作るのが何よりの楽しみ」とほほ笑む。 「あんぱん」のモデルのやなせたかしさんは、人気作品「アンパンマン」を世に送り出し、パンの普及に一役買った。今回、朝ドラの放送で業界全体が活気づき、店も繁盛している。竹谷さんは「とても感謝している。恩返しのつもりで作品のパン指導や商品開発に力を入れたい」と語る。【平塚雄太】