映画「シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録」がデビュー作の大島新監督=水戸市五軒町の水戸芸術館で2025年6月15日午後6時31分、松室花実撮影 一人の政治家を17年間追った「なぜ君は総理大臣になれないのか」(2020年)など数々のドキュメンタリー映画を手がけてきた大島新監督(55)には、原点となった被写体がいる。 劇作家・演出家・俳優として活躍し、24年5月に84歳で亡くなった唐十郎さんだ。 唐さんの素に迫ろうと撮影に挑んだのは19年前。映画デビューとなった作品で見えたものとは。「紅テント」に衝撃受け水戸芸術館で公演した劇団唐組の紅テント=水戸市五軒町の水戸芸術館で2025年6月15日午後2時45分、松室花実撮影 大島監督は6月、水戸市の水戸芸術館で開かれた07年公開のデビュー作「シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録」の上映会に登場し、当時の思い出を語った。Advertisement 唐さんは明治大学の学生劇団を経て1963年にシチュエーションの会(後に状況劇場と改名)を旗揚げした。 野外に仮設の「紅(あか)テント」を建て、詩情に満ちた言葉を紡ぐ劇世界は多くの観客を魅了し、アングラ演劇ブームを巻き起こすきっかけとなった。 状況劇場を解散後は89年に劇団唐組を設立。現在は唐さんの精神を受け継いだ劇団員の久保井研さん(63)が座長代行を務め、全国各地で公演を続けている。 大島監督が初めて唐さんの舞台を見たのは大学時代。唐組の紅テント公演に衝撃を受けた。「戯曲はとても難解で、ちゃんと理解できているとは思えないのになぜか心をつかまれる。今までにない体験でした」「情熱大陸」で初密着インタビューに応じる劇作家の唐十郎さん=東京都中野区の劇団唐組で2007年10月12日、塩入正夫撮影 大学を卒業後、95年にフジテレビに入社し、99年に独立した。テレビのドキュメンタリー番組を中心に活動していた時に、再び唐さんと出会った。当時担当していた番組「情熱大陸」で唐さんを取り上げることになったのだ。 約3カ月の密着を経て、06年に無事放送を終えた。周囲からの評判は良かった。しかし、これまでの仕事の中で初めて「本質に迫れていない」と感じた。 唐さんの素に迫ろうとしても、唐さんは何かを演じているように思えた。 「著名な方であればある程度カメラの前で見せる顔というものを持っているが、唐さんは異常だった。人物ドキュメンタリーはたくさん撮ってきて自分なりの表現ができたと思っていたけれど、唐さんとは距離感が全くつかめませんでした」ドキュメンタリーに潜ませたのは?映画「シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録」の上映会で、対談する大島新監督(右)と劇団唐組の久保井研さん=水戸市五軒町の水戸芸術館で2025年6月15日午後5時24分、松室花実撮影 そこで映画化を企画し、もう一度密着し直すことにした。 大島監督の中には「唐十郎は唐十郎という人物を演じているのではないか」という仮説があった。これを検証するために「ある仕掛け」を用意して撮影に臨んだ。 それはドキュメンタリーの中にフィクションを潜ませるという演出だ。劇中の大半は唐さんと劇団員のリアルな日常が描かれるが、その中に大島監督が書いたシナリオを唐さんたちが演じるシーンが紛れ込む。 タイトルの「シアトリカル」とは「演劇的な、芝居じみた」という意味。観客には映画のラストでこの独特な演出が種明かしされる。撮影で見えた仮説の答え 撮影が進む中で、大島監督の仮説はフィクションの部分を通じて浮き彫りになった。 「劇団員の方々は真面目なのでドキュメンタリーの中で演じることに少しギクシャクする。だけど唐さんだけはシナリオがあろうがなかろうが普通なんです。アドリブもたくさん入れてきて、それがすごくうまいんですよね」と語る。 唐さんは劇作家として岸田國士戯曲賞、小説家として芥川賞を受賞するなど創作の分野で幅広く才能を発揮してきたが、大島監督は「本人は俳優であることに一番重きを置いていたのではないか」と推察する。映画「シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録」の上映会で大島新監督と対談した劇団唐組の久保井研さん=水戸市五軒町の水戸芸術館で2025年6月15日午後5時24分、松室花実撮影 「劇団員と一緒にいる場面でカメラを向けると『俺の芝居が一番うまい』という対抗意識が感じられるんです。僕にとって唐さんは被写体でしたが、唐さんにとってはこの作品は『主演俳優』として臨んでいたんだと気がつきました」と語る。 長年、唐さんのそばで学んできた久保井さんも共感する。「あの人はどんな時も『唐十郎とはどうあるべきか』を考えて生活していた。だからこそ誰もまねができない特別な人だったんだと思います」 映画は公開後、「ぴあ満足度ランキング」で1位を獲得するなど注目を集め、日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞を受賞した。 大島監督は「唐さんのことを完全につかみきれたとは思えないけれど、自分なりに見せたいものを作ることができたという感覚はありました」と振り返る。 その後は「香川1区」(22年)「国葬の日」(23年)などの話題作を次々と公開する映画監督になった。「ドキュメンタリーを面白く」映画「シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録」の上映会で撮影当時の思い出を語る大島新監督=水戸市五軒町の水戸芸術館で2025年6月15日午後5時19分、松室花実撮影 近年は政治や社会問題を取り上げることが多いが、意識することは唐さんに迫った当時から変わっていないという。 「ドキュメンタリーは真面目になりがちな世界だけれど、だからこそエンタメとして面白くしたい。客席で笑ってもらえるとすごくうれしいんです。それはシアトリカルを撮ったときから今もつながっています」 唐さんが亡くなって1年がたった。今、胸に残るのは感謝の思いだという。 「唐さんとの出会いがなかったら、きっと映画の世界に進んでいなかっただろうと思います。あの経験があったからこそ、またいつか映画を作ろうと思うことができた。なんとも魅力的な人でした」【松室花実】