ムーンナイトサーカス福井公演の空中芸「エアリアル」。約5メートルまでつり上げられた布の中で、三石士恩さんが力強く体をくねらせると、すいすいと泳ぐ人魚のように見えた=福井市今市町の福井県立音楽堂で2025年1月31日、高橋隆輔撮影 人工呼吸器や胃ろうなど、医療的ケアを必要とする子どもに新たな経験をしてもらい、より豊かな人生を――。 サーカスの演者に障害者や医療的ケア児を迎えて、より深い感動を与えたい――。 そんな二つの思いが交錯した「ムーンナイトサーカス」の福井公演がこの冬、福井市で催された。 アクロバティックな技に挑戦するサーカスと医療的ケア児は対極にあるように思えるが、両者の相性は抜群なのだという。Advertisementすいすいと泳ぐ人魚のよう 車椅子のギタリストが演奏を始めると、音楽に乗って、医療的ケア児の三石士恩さん(6)を包んだ布が徐々につり上げられていった。 約5メートルの高さで止まると、回転する布の中で、士恩さんは力強く体をくねらせる。すいすいと泳ぐ人魚のようだ。 ステージが終わると、母の真奈美さん(41)が息子を布の中から笑顔で抱き上げた。緊張から解き放たれた観客席からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。本番を前に楽屋で時間を過ごす三石士恩さん(右)と母の真奈美さん=福井市今市町の福井県立音楽堂で2025年1月31日、高橋隆輔撮影 「本当に頑張っているのが伝わってきて、一言感動を伝えたかった」。公演後にロビーにいた真奈美さんは、涙ぐむ女性から興奮気味に言葉を掛けられた。 長野県佐久市で暮らす士恩さんは生後1カ月で脊髄(せきずい)性筋萎縮症という、筋力の低下を伴う進行性の病気を発症した。食べ物をのみ込む力が弱く、胃ろうや睡眠時の人工呼吸器着用などのケアを必要とする。言葉を発することはできない。4歳の時に空中パフォに挑戦 真奈美さんは病気が分かった時「息子は狭い世界で生きていくんだろうな」と感じた。 それでも、親心として我が子に少しでも豊かな人生を歩ませたいと願う。そこに、ケア児と健常児の区別はない。 士恩さんが4歳の時だった。かかりつけの診療所「ほっちのロッヂ」(同県軽井沢町)が、空中でパフォーマンスをする体験イベントを開くことを知った。真奈美さんは「本当にできるのかな」と心配しながらも、息子に挑戦させた。 すると、士恩さんは真奈美さんも見たことがない動きを始めた。表情は「ぼく、こんなことができるよ」と言わんばかりに誇らしげだった。ムーンナイトサーカス福井公演のオープニング。コミカルな動きと満面の笑みで、三石士恩さん(左から2人目)の気持ちを観客に伝える母の真奈美さん(左)=福井市今市町の福井県立音楽堂で2025年1月31日、高橋隆輔撮影 この動きに「舞台に上がれる」と直感的に確信したのが、イベントを指導していたサーカスアーティストの金井ケイスケさん(52)だ。金井さんは2021年の東京パラリンピック開会式で、振り付けの一部を担当した。固定概念を裏切って感動を 障害者と健常者が一体となった舞台を大会後も残そうと、この年から開会式の出演者らとムーンナイトサーカスを長野県内で開催していた。 金井さんは「『こんなこと、できないよね』という観客の固定観念をいい意味で裏切った時に、サーカスの感動は生まれる」と話す。障害者の参加で、サーカスはより感動を増すと考えている。 「支援される存在だと思われていた障害者が、感動を与える存在に逆転する時、プロの演者でも引き出せない感動が生まれるんです」 演者に障害者が加わることで、演じる側にもいい影響があるという。「障害者との壁を取り除こうとすることで、全てのスタッフが一丸となり優しいチームができる」ムーンナイトサーカス福井公演でポールダンスを踊る神本エリさん(中央)。耳が不自由な神本さんに音楽が合わせてくれるため、決めポーズは分かりやすくシンプルにするように工夫している=福井市今市町の福井県立音楽堂で2025年1月31日、高橋隆輔撮影 東京パラリンピック開会式にも参加したポールダンサーの神本エリさん(41)は、聴覚に障害がある。どうやって音楽に合わせているのか。疑問をぶつけた記者に「なんだそんなことか」と言わんばかりの表情で「音楽が、私に合わせる」とさらりと話してくれた。盛況だった福井公演 長野県外で初めてとなる福井公演は、1月31日と2月1日に開催された。 23年から4回ステージに上がっていた士恩さんにとっても、長野県外での公演は初めて。両日とも、会場の約600席がほとんど埋まる盛況だった。ムーンナイトサーカス福井公演のリハーサルを終え、記念撮影する出演者ら。前列の右から2人目が三石士恩さん=福井市今市町の福井県立音楽堂で2025年1月31日、高橋隆輔撮影 真奈美さんは「同じ境遇の人だけでなく、いろんな人と混ざり合って新たに生まれることがたくさんある。より多くの障害のある方にも『自分もやってみたい』と思ってほしいので、新しい場所で開催されて本当によかった」と話した。 士恩さんの出演を機にムーンナイトサーカスでは、一部キャストの一般公募を始めた。これまでに、ダウン症や知的障害児を含む約35人が舞台を盛り上げた。 金井さんは、プロの演者でも引き出せない感動を発信し続けることが、どんな世界につながるのかを楽しみにしている。【高橋隆輔】