佐藤慈子2025年2月27日 18時00分大阪朝日新聞記者時代の北村兼子さん(当時22歳)=関西大学年史編纂室提供 関西大学(吹田市)で初めての女子学生で、戦前、ジャーナリストとして活躍した故・北村兼子さんに対し、同大学は27日、特別卒業証書を贈呈した。おいの北村高さんが同大千里山キャンパスで受け取った。 関大が特別卒業証書を贈呈するのは、今回で5人目。終戦後、戦地から復学できなかった留学生ら4人の男子学生に贈られてきたが、女子学生は初めて。 北村さんは1923(大正12)年、関大法学部法律学科に入学した。当時、女性は大学への正規入学が許されず、聴講生という立場で学んだ。 入学から2年後、在学中のまま大阪朝日新聞の社会部記者に採用され、福岡や神戸の歓楽街で働きながらの潜入取材などで注目された。 当時は働く女性への差別意識が強く、複数の男性と関係があるなどとするゴシップ記事が出回ったが、北村さんは自身の著作などで反論した。1927年に朝日新聞退社後は国際ジャーナリストとして活躍。女性参政権の実現に向けた活動も続け、国際会議にも日本代表として参加した。 道中で航空機に魅せられ、1930年、立川の日本飛行学校に入学し、翌年7月には飛行士の免許を取得した。8月に自ら操縦して渡欧する予定だったが、腹膜炎のため27歳で亡くなった。 関大創立100周年を迎えた2022年、ちょうど北村さんが聴講生として入学した年から100年目だったこともあり、「志の高さを賞したい」といった声が校友会からあがった。 高さんは「恐れ多いこと」と何度か辞退してきた。しかし、その後も北村さんの話題は尽きず、「後輩の励みになる」と言葉をかけられ、受けることを決めたという。 高橋智幸学長から特別卒業証書を受け取った高さんは「兼子も喜んでいると思います。でももし生きていたら、これを受け取らずに改めて大学に入学し直すような気もします」と思いを巡らせた。 高さんは、祖母や母から兼子さんについて「自分のやりたいことを目標にかかげ、突き進んだ人」と聞いて育ったといい、「好きなことに打ち込める恵まれた家庭環境だったことも大きいが、男性社会の中で懸命に生き抜いた兼子の生き方を知ることが、誰かの力になることがあればうれしい」と話した。この記事を書いた人佐藤慈子大阪社会部専門・関心分野子ども・自然・動物・食・福祉・和文化・芸術などこんな特集も教育情報(PR)注目ニュースが1分でわかるニュースの要点へ2月27日 (木)国民民主、与党案を拒否兵庫維新、県議2人を処分「ヘイト本」は置かなかった2月26日 (水)高校授業料の無償化に合意ウクライナ戦闘終結決議採択「進研ゼミ」生成AIを搭載へ2月25日 (火)ドイツで右翼躍進、第2党に立憲民主、「埋没」に危機感陥没事故後、各地で不審電話2月24日 (月)ウクライナ侵攻から3年SNSなりすまし 一斉提訴へ米軍の制服組トップを解任トップニューストップページへ下村氏、還流再開求める意見「会計責任者に伝えた」 再開要求は否定17:05「諦めるしかねえもんな」消失した地元、津波でも 大船渡の山林火災15:55「電気も水も来ん。もうここには…」地震と雨で被災、集団移転を要望13:02少子化、対策進めるも根深い問題 「子育ては女性」、長時間労働…17:00前時津風親方逮捕、偽の駐禁除外標章掲げた疑い 「違反逃れるため」12:00【速報中】藤井聡太名人「理想の新入社員」に照れ笑い 局面は瞬時18:01