「見せ物のように性的な辱めをうけた」と訴える女性のコメントを代読する民放労連放送スタッフユニオンの岩崎貞明書記長(左)=東京都千代田区の厚生労働省で2025年6月6日、尾崎修二撮影 愛媛県に本社があるTBS系列の放送局「あいテレビ」の深夜番組で、収録中に度重なるセクハラを受け、またその様子が番組として放送されたことで精神的苦痛を受けたとして、出演していたフリーアナウンサーの女性が6日、あいテレビに計4111万円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。 代理人弁護士によると、アナウンサーが番組内の言動や放送内容を理由にテレビ局を提訴するのは初めてとみられる。Advertisement女性「重度のうつ病に」 訴状によると、女性は2016年にスタートした毎週火曜日放送の深夜番組に出演していた。有名俳優の男性、地元在住の僧侶の男性とともに飲酒しながら会話するバラエティー番組だった。 女性が問題としている放送内容は、出演者の男性2人が女性に対し、「床上手でしょ」「Sか」「一日中ほしがってんだ」などと発言した▽「エッチなトリオ」「3人そろって床上手」などのテロップや関連イラストを流した――など。 女性は番組内容に精神的苦痛を感じ、21年11月に降板を申し出た。同月に最後の収録を行い、番組は22年3月に終了したという。 女性は、降板前から番組内容の変更を相談したが、改善されなかったと主張。約10人の現場スタッフらも笑い声で盛り上げたり、カメラワークや編集でセクハラを助長したりしたとしている。 女性は心身の不調に悩まされ、降板後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状を含む重度のうつ病と診断を受けた。現在も就労できない状態だという。 あいテレビは毎日新聞の取材に「訴状を受け取っておらず、コメントは控える」とした。BPO人権委にも申し立てたが 女性は、今回の提訴に至る前の22年2月に放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会へ人権救済の申し立てを行っている。 BPO人権委は23年7月、調査報告書をまとめた。「フリーかつ女性である申立人が圧倒的に弱い立場との視点が欠けていた」とする一方で、「放送内容が女性の意に反していたと気付くのは(女性が降板を申し出る21年11月まで)困難だった」とし、人権侵害や放送倫理上の問題まではなかったと結論づけている。あいテレビに賠償を求める訴訟について記者会見する支援者ら。(左から)林香里・東大副学長、岩崎貞明・民放労連放送スタッフユニオン書記長、代理人の雪田樹理弁護士、伊藤和子弁護士=東京都千代田区の厚生労働省で2025年6月6日午後4時59分、尾崎修二撮影 ただ、一部の委員は、出演者の男性が小型カメラで女性の体の一部を接写した映像や、衣服のファスナーを下ろして撮影した映像が放送されたことを挙げ、「性被害的要素を含む」とも指摘していた。 報告書によると、あいテレビ側は調査に対し「(21年11月まで)苦情などの申し出は一切なかった」と説明したという。「見せ物のように、性的な辱め」 女性は記者会見に出席せず、代理人弁護士がコメントを代読した。 女性は収録時の状況を「お酒で酔っぱらった男性出演者、男性ばかりのスタッフ、頼れる人も助けてくれる人もなく、狭く閉鎖された収録場所で男性たちに囲まれ嘲笑され、見せ物のように性的な辱めをうけた」と説明した。 自身の精神状態については、「仕事を続けるためには進行役として番組を成立させなければならないという一心で、必死に強がり、声がかれるほど笑い、楽しんでいるかのように振る舞い続けるうちに、心と体が壊れてしまった」と述べた。 また、フジテレビの第三者委員会が元タレントの中居正広氏による元アナウンサーの女性への性暴力を認定した問題を念頭に、「昨今、メディア・エンターテインメント業界の構造的な問題やアナウンサーの脆弱(ぜいじゃく)性が指摘されていますが、地方・女性・フリーのアナウンサーはさらに立場は弱い。圧倒的な権力格差を前に、自分の心を押し殺して我慢するしか選択肢がなくなる」とも訴えた。専門家「BPOが救済を放棄した」 記者会見には、代理人弁護士のほかに、女性が加入する日本民間放送労働組合連合会放送スタッフユニオンの岩崎貞明書記長と、BPO放送人権委の元委員でもある東京大の林香里副学長が出席した。女性を支援してきた東京大の林香里副学長は「女性は2次加害にも苦しんでいる」と記者会見で訴えた=東京都千代田区の厚生労働省で2025年6月6日午後5時27分、尾崎修二撮影 岩崎書記長は提訴に至った経緯について「昨年、あいテレビに謝罪を求めたが、BPOの判断を理由に謝罪や会社としての独自調査を拒否されたため提訴を決意した」と説明した。 また、林副学長はBPOの判断について「救済を放棄した。局側が『おとがめなし』になることは、表現の自由でなく、放送局、おそらく男性たちの『悪ノリの自由』を守ることになる」と指摘。「女性はアナウンサーとしてのキャリアを奪われるなど2次加害にも苦しんでいる。職場全体がハラスメント体質に慣れきり、問題に気づく警報装置が機能していない」と話した。【尾崎修二】