「こどもの日じゃけ飲ませて」アルコール依存症で苦しむ家族、糸口は

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 ゴールデンウィークのさなか、日暮れ時だった。 広島市内の交番に姿を見せた母親(80)は、ロープを手にしていた。 息子を殺しました――。 近くを流れる川の土手では、仰向けで倒れていた長男(55)が見つかる。死因は窒息死。 母親は殺人罪で起訴された。この土手で5月5日午後6時半ごろ、長男の首をロープで締め付けるなどして殺害したとされる。 「アルコール依存症や記憶障害に苦しむ長男の将来を悲観した」 広島県警の調べに、こう供述したという。 「家族全体の病」とも言われるアルコール依存症。実態を知って欲しいと取材に応じた父親の証言をもとに、事件の経緯をたどります。 記事の後半では、別の家族を紹介しています。亡き父の香典で酒を飲むほどだった息子。回復にはきっかけがありました。母親が事件直後に自首した交番=2025年5月19日午後4時52分、広島市東区、小林晴香撮影 《息子は根が優しくて、親思いの子じゃった。暴力を振るうこともなかった》 3人で暮らしてきた父親(87)が事件後、取材に語った。 「自分も、もっと何かできたんじゃないか」。そんな後悔があるという。その証言をもとに、事件までの経緯をたどる。3交代勤務が依存症の入口 始まりは約20年前、長男がホテルの受付で働き始めた頃だった。 《3交代だから、次の勤務までに睡眠とらなきゃいけない。でも、寝られんから、ビールや何かを飲む癖がついた》 その後、タクシー運転手に。しばらくすると、乗務を終えた後、自宅で晩酌するようになる。 《どんどん酒の量が増えて。アルコール依存症専門の病院に入院せないけんみたいになって。出たり入ったり、3回ぐらい続けたんですよ》 それでも事件の1年ほど前には、いったん退院。休みなくタクシーに乗務するようになって、「母さん、好きな物買ってやるけえ」とも話していたという。「息子の優しさ忘れられず」尽くす母長男が倒れていた川の土手には花が手向けられていた=2025年5月14日午後6時45分、広島市中区、小林晴香撮影 暗転したのは、今年の正月だった。 《駅伝とかをテレビで見ながら飲むのが楽しみだったらしい。元日から10日ぐらいまで飲んでいた。自分の部屋の枕元にビールの空き缶をだーっと並べ出した》 「このままでは、あの世に行くけえ」と諭して飲酒を止めようとしたが、止まらなかった。1月10日ごろ。入浴を終えた後、ベッドで大声を上げた。 《ああ苦しい、苦しいって。救急車に乗ったら、意識がもうろうとしていた》 その後、過度な飲酒により引き起こされる記憶障害と診断された。2月には精神科のある病院に入った。 母親は1時間ほどバスに乗って、何度も面会に通った。 《息子の優しさを忘れられず、全身全霊で尽くしているようだった》「2人で面倒みよう」 事件3日前の退院 アルコール依存症は「家族全体の病」ともいわれる。両親も年を重ね、体の限界が近づいていた。 《もうほとんど右目は見えません。左目も白内障と緑内障で》 母親は、体重35キロを切るほどにやせていた。夜眠れず、処方された睡眠導入剤を手放せなくなっていた。 《もう苦労して苦労して、悩んで悩んだもんだから体重は落ちてきたと思う。歩くとふらふらっとして》 心配は、自分たち亡き後のことだった。 《親が死んでからも20年余り生きると思うけど、自力で一人で生きて行けんのじゃったら、施設か病院かに置いてもらう以外にない。その生き様がね、あまりにもむごいんじゃないかと》 事件3日前の5月2日。2人は長男を退院させた。 《2人で面倒を見ようって。たまに飲んでもいいけど、順調にいけば3人で暮らせるけえ》 自宅に戻ってきた息子は、すぐに酒をせがんだ。 事件が起きた日もそうだった。 「お母さん、お父さん、こどもの日じゃけ、ビールくらい飲ませてよ」 《駄目じゃ、飲んだらあかんって言っても、『死んでもいいから飲ませてくれ』と》酒と一緒に飲ませたのは…長男が倒れていた川の土手=2025年5月22日午前11時16分、広島市、相川智撮影 この日の午後3時半ごろだった。 母親は行き先を告げず、長男と自宅を出た。父親は後を追いかけたが、見失った。 県警によると、母親は酒と睡眠導入剤を飲ませ、長男が寝たところで首を絞めた、と供述。睡眠導入剤は、自らに処方されたものだと説明しているという。     ◇ 厚生労働省によると、アルコール依存症の診断基準を満たしたことのある人は推計54万人(2018年)。 事件という結末となった家族がいる一方、回復の糸口をつかんだ家族もいる。     ◇亡き夫の香典を手にキャバクラへ酔った長男は家中のガラス戸をたたき割った。当時を振り返る女性=京都市内 広島の事件を知って、京都市の女性(86)は昔の自分を重ね合わせた。 アルコール依存症の長男(60)は、16年前に酒を断つことができた。でも、それまでには、酔って寝ている長男の胸に刃物を刺そうかと思ったときもあった。 長男は地元で公務員になった翌年、結婚した。 しかし、キャバクラ通いが始まる。ここから続き 酒量が増え、借金を繰り返し…