つまようじで割ると、中からはタコならぬソーセージが現れた=2025年6月6日午後3時49分、山崎明子撮影写真一覧 物価高騰の荒波が庶民の味「たこ焼き」に押し寄せている。大手たこ焼きチェーン店も値上げに踏み切ったほか、東京都内では、高騰しているタコの代わりにソーセージを入れた商品を提供する店が現れ、食品メーカーは代替品としてかまぼこやこんにゃくを提案している。もうあの独特の食感や風味を気軽には味わえなくなるのだろうか?脱タコでも20円値上げ宝来屋の店頭に張られた「『たこ』入っていません」のお知らせ=東京都荒川区で2025年6月6日午後2時46分、山崎明子撮影写真一覧 「『たこ』入っていません」。東京の下町・荒川区の都電荒川線町屋駅前かいわいを歩いていると、衝撃的な張り紙が目に飛びこんできた。タコの仕入れ価格が高騰しているため、代替品としてソーセージを入れて焼いた商品を提供しているという。Advertisement 気になって、創業約50年という甘味店「宝来屋」の店主、長谷川雅子さん(77)に話を聞いた。 「コロナ後の物価高でコストが上がり過ぎて、タコを使い続けることができなくなりました」 以前は正真正銘のたこ焼きが5個入り180円(税込み)だった。2023年11月から「ソーセージ焼き」に替えたが、それでも小麦粉など他の原材料費も高騰していることから、5個入り200円と20円値上げせざるを得なかった。 ソーセージ焼きといえども、だしを利かせた生地に、たっぷりのキャベツと紅しょうが、揚げ玉が入り、アツアツのできたてにソースをかけてほおばると、たこ焼きに負けない味わいだ。焼き上がった「ソーセージ焼き」=東京都荒川区で2025年6月6日午後2時55分、山崎明子撮影写真一覧 「ソーセージに切り替えた後、『やっぱりタコがいい』というお客さんは離れていきましたが、子どもさんや歯の悪いお客さんにはソーセージの方が軟らかくて食べやすいと好評です。仕事や学校帰りのお客さんも多いので、手ごろな値段でおいしいものを提供し続けたいですね」 長谷川さんはそう言って笑顔を見せた。小麦粉や卵、人件費、電気代も 帝国データバンクは24年12月、「『粉もん店』も苦境、倒産が最多水準 原材料高が経営圧迫」とのリポートを発表した。お好み焼きや焼きそばといった粉もん店が、小麦粉や卵などの原材料のほか、人件費や電気代などの店舗運営コストも上昇して経営が厳しくなっているなか、とりわけ、たこ焼き店はタコの高騰が加わって大きな打撃となっているという。 帝国データバンクがたこ焼きを家庭で調理した場合のコストを試算したところ、15年には12個あたり平均約170円だったのが、24年には250円以上になったという。 総務省の小売物価統計調査(東京都区部)を見ても、タコは14年平均で100グラム当たり277円だったのが、今年5月中旬では528円と約2倍に跳ね上がっている。マグロをもしのぐ高さだ。 たこ焼き店が苦境に立たされている背景には、「庶民の味」を売りにしているだけに価格転嫁しづらいという事情もあるようだ。 全国展開する大手たこ焼きチェーン店も昨年末、8%程度値上げした。 コロナ禍をきっかけに、家庭でたこ焼きパーティー(たこパ)を楽しむ人も増えているが、SNS(交流サイト)には、ちくわやチーズ、たらこなどを入れているとの投稿があり、「タコは高いし、粉は高いし、肝心のキャベツで心折れましたよ」との書き込みも見られる。 そんな代替品需要に応えようと、神奈川県小田原市のかまぼこメーカーは今年4月、「タコにも負けない弾力!」と、角切りにしたかまぼこを入れることをSNSで提案。こんにゃくの産地・群馬県のメーカーは、タコの代わりになり得る歯ごたえのある商品の開発に乗り出している。たこ焼き文化は守られるのか? たこ焼きは、安くておいしい庶民の味から高級食品になってしまうのだろうか。そんな疑問を日本コナモン協会の熊谷真菜会長にぶつけてみると、意外にもこんな冷静な答えが返ってきた。 「そもそも、たこ焼きの前身『ラヂオ焼き』には、こんにゃくやえんどう豆を入れていましたし、家庭でのたこ焼きパーティーではいろいろな具材を入れるのは珍しくありません」 歴史をひもとくと、1930年代、だしで溶いた小麦粉に牛スジやこんにゃくを入れて焼いたラヂオ焼きやちょぼ焼きが大阪で考案され、それがたこ焼きの前身という。 そんななか、明石(兵庫県)ではタコを入れた玉子焼きがあったことから、ラヂオ焼きにタコを入れて焼くようになり「たこ焼き」になったとされる。 熊谷さんによると、40年ほど前からタコが高騰し、たこ焼き店は頭を悩まされてきたという。たこ焼き用のタコは主にアフリカ周辺から輸入される。欧米の内陸部ではかつて、タコは『悪魔の魚』と呼ばれていたが、近年は世界中の人々が好んで食べるようになり、需要の高まりから価格が高騰している。 「マダコをミズダコなど別のタコに替えるなど、タコから離れない工夫を続けている店もあります。変わり種も楽しみつつ、たこ焼き本来の味を世界に伝えられるよう、守っていきたいですね」と熊谷さん。 時代とともに、工夫を重ねながら食べ継がれてきた「庶民の味」。これまで以上に一個一個、大切に味わいたい。【山崎明子】