車の「ひょう」被害額、台風や地震に匹敵 保険料値上げの一因に

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2023年6月に埼玉県内で確認されたひょう=あいおいニッセイ同和損保提供 私たちの大事な車をボコボコにへこませることもある“厄介者”の「ひょう」。1日で1000億円を超える巨額の保険金支払いにつながる被害を発生させることもあり、自動車保険料の値上げの一因にもなっている。地球温暖化とのつながりも指摘されているひょうの被害にどう向き合っていけばいいのか。 「損害率が厳しい状況にある」。5月に開かれた損害保険大手各社の決算会見では、「ひょう」を名指しして業績への悪影響を懸念する声も聞かれた。Advertisement 保険料収入に対して支払う保険金額が増えて「損害率」が上がれば、それだけ自動車保険などを契約する利用者が支払う保険料収入が上がっていき、損保各社と顧客双方にとって無視できない状況といえる。 ひょうによる被害は大型台風や地震災害を上回るようになってきた。2024年4月16日に兵庫県を襲ったひょうの被害では1360億円の保険金が支払われた。日本損害保険協会が約40社に聞き取り調査して判明し、大型台風の被害に匹敵する金額だという。同年1月に発生した能登半島地震で支払われた保険金(1048億円)も上回った。ひょうが降るしくみ 兵庫県のひょう被害の支払いのうち、6割超の835億円が自動車関連だった。車体がへこむなどの被害が相次ぎ、屋外で自動車を展示販売している店舗では甚大な被害があった。 ひょうは発達した積乱雲からもたらされる直径5ミリ以上の氷の粒や塊。地表と上空の気温差が大きい春や秋に降りやすいとされる。氷の粒が上昇気流で巻き上げられて、周りの氷の粒とくっつきながら大きくなる。重くなった氷を上昇気流が支えられなくなって落ち、溶けずに地上へ達したものがひょうと呼ばれる。落下速度は100㌔ 一定の大きさを超えたひょうが車や人などに当たれば被害が避けられない。 防災科学技術研究所(茨城県つくば市)の出世ゆかり主任研究員(気象学)によると、落下速度は直径5センチで時速100キロを超える。直径10センチにもなるとプロ野球選手が投げる速度と同程度の約150キロに達する。国内で大きな被害がある際は直径3~5センチ程度とみられる。海外では直径15センチ以上のひょうを観測した事例もあるという。ひょうの直径が大きいほど落下速度も速まる=防災科学技術研究所提供 人的被害では22年6月に群馬県藤岡市で下校中の中高生ら約90人が打撲などの軽傷を負う被害があったほか、海外では死亡事例も相次いでいる。 同じ気象災害の台風では進路の予測などの研究が進んできたが、ひょうでは長期傾向を把握するなどの研究が進んでいないのが実情だ。発生する頻度が少なく地域も局所的で、地表でもすぐに溶けてしまってデータの収集が難しいためだ。 国の研究機関が1954年から64年に全国調査した記録がある。しかし、ひょうが降ったのは調査した11年間で最も多い地点で10日ほど、ほとんどの地点では0~1日の頻度だったという。 一般的に積乱雲の発生しやすい北関東の山間部などで発生頻度が多いとされているが、兵庫県のようにこれまでほとんど降っていなかったとみられる地域でも被害が顕在化し、備えの難しさに直面している。発生予測サービスも気象庁=東京都港区虎ノ門3で、黒川晋史撮影 国内では、直近3年間で保険金支払いが1000億円規模の記録的被害が続いている。保険料の値上げは物価高や人件費増に伴う修理費の高騰が主因だが、ひょうによる影響も無視できない状況になってきた。 損保各社では、ひょうが発生する可能性がある際、携帯電話やドライブレコーダーなどを通じてアラートを発信し、運転手や自動車販売店などに被害を回避する行動を促す取り組みを進めている。 あいおいニッセイ同和損保はIT企業と連携。交流サイト(SNS)の投稿情報も分析しながらひょうの発生予測を通知するサービスを無料で提供している。同社によると、関東地方での頻度が高いものの、直近3年間では40都道府県で被害を確認した。同社の災害対応記録では、春ごろから増加して7月に最も多い傾向にある。 ひょうの発生は、地球温暖化との関係も指摘されている。温暖化が進んで気温が上がると、空気に含むことができる水蒸気量が増し、積乱雲が発生しやすい大気環境となるからだ。上昇気流の勢いが強くなると、より大きなひょうが形成される可能性も高くなると考えられている。 損保業界とも連携する防災科研の出世さんは「現状ではデータを基にひょうの傾向を説明することは難しい」とした上で、「温暖化の影響で積乱雲が発生しやすい環境になり、大きなひょうが形成されたり頻度が増えたりすると指摘する研究もある」と話す。 船曳真一郎・三井住友海上火災保険社長は6月30日の損害保険協会会長就任会見で、業界の重点課題として自然災害の激甚化への対応を挙げた上で、「過去のデータを分析しても、金利や物価上昇(の勢い)よりも保険金支払いが増えており、気候変動による変動の大きさだと理解するのが自然だ」と述べた。 ひょうの観測・予測精度が高まれば、不測の保険金支払いの急増を避け、事前に合理的な保険料を設定して備えられる可能性もある。出世さんは「日本には長期的なデータがないが、保険料率を考えていく上でも今後どのように変化していくか、解析を進めていきたい」と意欲を語った。【山口智】