久松猛朗・東京国際映画祭フェスティバル・ディレクター=東京・東銀座で2026年10月5日、勝田友巳撮影 10月26日に開幕する第39回東京国際映画祭。今回からフェスティバル・ディレクターに、2度目の登板となる久松猛朗氏が就任。松竹、ワーナー・ブラザースなどで要職を歴任し、2026年で「映画業界歴50年」という。日本映画に追い風が吹く中で、“アジア最大の映画祭”の目指すものを聞いた。【聞き手・勝田友巳】エッジの効いた若手応援したい ――2017年から20年に続いての、映画祭総責任者。再登板は映画祭史上初。意気込みは。 打診された時は驚きましたが、前回在任時の方向性に大きな異論はなかったのだろうと理解しています。前回もプログラムはほぼ思い通りだったし、観客動員もそれなりに順調。色彩感あふれる映画祭になったと思います。Advertisement 戻ってきて懐かしく感じたのは、お金の苦労。そうだ、これがあったなと。前回も就任したばかりの頃は、映画を見るよりお金の工面を考える時間が長かった。懐かしい痛みですね。 ――映画を取り巻く環境や映画界の状況は、この間大きく変わりました。 日本映画は今、非常にいい雰囲気にあると思います。カンヌ国際映画祭のマルシェでカントリー・オブ・オナーになり、プサン国際映画祭でも30本以上の日本映画が上映されて、日本映画の魅力に注目が集まっている。政府も映画を含めたコンテンツ産業を支援しています。 ――どんな映画祭を目指しますか。 映画の魅力は、本当に多様で多彩です。東京国際映画祭に来ればシネフィルからライトユーザーまで、誰もが見たいものがあるような、色彩感あふれる映画祭にしたい。 ただ、アートとエンタメで言えば、少しエンタメ寄り。アート映画は深く心に刺さり、考えさせられる。そこは残しつつも、お祭りとして祝祭感を出したい。 今回は、コンペティション部門ではアート性の高い作品も入れつつ、開幕に「映画『SUKIYAKI 上を向いて歩こう』」、センターピースに「ゴジラ-0.0」、閉幕に「コロニー/群体」と、バリバリのエンタメ作品が並びました。 ――日本映画の海外展開は焦点となっています。映画祭の役割は。 我々の使命は、海外の映画を日本に紹介するインバウンドと、日本映画を海外に紹介するアウトバウンドの双方向があると思っています。そのバランスの中で、アウトバウンドの方を強調したい。 今回から「Nippon Cinema Now」部門にコンペを設けたのは、賞を出すことでより日本映画への注目を集めるようにしたいからだし、「ワーク・イン・プログレス」では完成前の作品も海外に紹介する。来年以降はもっと強調したいです。 一方で、海外の優れた映画を上映する価値も大きい。日本のクリエーターが刺激を受け、学ぶ。そして国際的に評価される映画を作って海外に売る。 映画産業の一翼である映画祭も、映画の文化的、商業的発展に力を入れるのは当然です。映画祭でも日本映画を応援することで貢献できるし、映画ファンの裾野を広げる役にも立つと思います。日本、アジアの映画や映画人が羽ばたいていくためのプラットフォームとして、エッジの利いた若い作り手を応援したいんです。プサンとの差別化が課題 ――映画祭の予算規模は、どの程度でしょうか。 10億5000万円ぐらいです。前回より少し増えましたが、飛行機代もホテル代も高騰しているし、人件費も上がっている。実質は目減りです。次回は40回の記念開催で、その辺も加味して予算を上乗せしてほしいですね。第39回東京国際映画祭ポスター 映画を見るワクワク感、楽しさを感じられるお祭りになれば、スポンサー企業がついて財政が豊かになり、より大きくできる。反対に、地味だね、人が来てないねとなればスポンサーは離れ、さらに地味になる。そんなマイナスのスパイラルは避けたいです。 ――コンペティション部門は映画祭の目玉。多くの国際映画祭がプレミア作品を取り合って、競争は厳しくなっています。 10月末開幕の東京は、世界の映画祭カレンダーでは1年で終わりの方。カンヌ、ベルリン、ベネチアの3大映画祭とも、会期も地理的にも近いプサン国際映画祭とも作品の取り合いになっています。そういう面では不利ですね。実績のある監督がカンヌを断って東京に来ることは望みにくい。 特にプサンは10月の開催で、会期も地理的にも近く、どう差別化していくかは大きな課題です。国際映画祭を統括する国際映画製作者連盟が規定を改定し、これまで別カテゴリーだった東京とプサンが同じ重要性を持つ映画祭として同格になりました。一方で、米アカデミー賞で今年、プサンが認定映画祭とされたのに東京は入らなかった。予算的にも、プサンに及ばない。最低でも同じくらいの予算を用意した上で、独自の立ち位置、方向性を示したいですね。 ただ、3大映画祭はエリートクラブ化の傾向があると思います。同じ顔ぶれの著名監督が順番に場所を取り合っているような。東京は新しい才能やこの人面白い、将来楽しみという人を発見したい。アジアの映画界の成長は、距離的にも文化的にも近い我々にとって有利になるはずです。プログラミング・ディレクターの市山尚三さんも、そういう思いで作品を選んでいると思います。 アジアにも東京、釜山と、例えば上海で3大映画祭になっても全然おかしくない。アジア全体がプラットフォームとしての重要性が高まって、羽ばたいていきやすくなる。競合ばかりする必要はないんです。東京から世界に羽ばたけばうれしい ――「DIGGER ディガー」のプロモーションで来日したアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督が、「東京に感謝している」とあいさつしていました。デビュー作の「アモーレス・ペロス」が東京グランプリを受賞して、黒澤明賞も受賞した。 彼のように、東京で見いだされて世界に羽ばたいた、という人が増えれば、映画祭の存在意義が大きくなるし、注目度も上がる。そして映画祭で受賞して終わりではなく、“次”があるのが大事。東京がゲートウエーとなって、世界に羽ばたいてほしい。 東京国際映画祭を運営するユニジャパンは、コンテンツマーケットのTIFFCOMも運営しているし、国際支援事業も行って、作品の海外展開やクリエーターを海外に紹介しています。ユニジャパン全体で、次のステップに進む支援をしていきたいですね。 ――市山さんは松竹時代の後輩だったとか。 彼の新入社員時代、僕の下に来たんですよ。40年ぐらい前でしょうか。彼はアジア映画が得意でね、そこを極めろみたいなことを先輩として言った記憶があります。知識もあるし、ネットワークがすごく広い。彼のようなプログラマーは、東京の強みです。 それにぼくはずっとエンタメ系の商業映画をやってきて、彼はアート系、インディー系。いいバランスだと思います。ネットワーキングも映画祭の機能 ――欧州の映画祭は、世界情勢に対して政治的なメッセージを発信する場ともなっています。東京も地政学的には複雑な環境に置かれています。久松猛朗・東京国際映画祭フェスティバル・ディレクター=東京・東銀座で2026年10月5日、勝田友巳撮影 社会情勢や政治の影響は、いや応なしに映画に及んでくるし、作品中に自然に反映されるでしょう。ただ日本の映画業界は一致した政治的なスタンスを持ってるわけではないし、スポンサー企業や政府、映画会社などステークホルダーも多い。個人的には、そうした情勢に影響は受けるけれども、映画に、作品に集中させてほしい。いや応なく巻き込まれる部分はあるでしょうが、積極的にかかわろうという気持ちはありません。 ――映画祭の役割の一つは、映画人が国際的に交流できることですね。 海外の映画祭では、どこでも毎晩のように、大きいものからプライベートまでパーティーが開かれています。そこでのコミュニケーションやネットワーキングが次の作品につながるし、祝祭感にもなっている。 1991年に「八月の狂詩曲」がカンヌに出品されて、黒澤明監督と現地入りしました。黒澤さんは滞在中の1週間、毎晩、ホテルの宴会場でパーティーを開いていました。昼間は各国のテレビやラジオ、新聞の取材を受けて、夜は必ずパーティーで、いろんなゲストを呼んでいた。これも映画祭のファンクションであり、楽しさでもあると思います。40回の節目を前にして ――2027年には、映画祭も40回の節目を迎えます。 第1回が開催された1985年はバブル経済にさしかかったころで、映画界や産業界が3大映画祭に憧れ、追いつきたいという思いでスタートしたんでしょう。でも、世界の様子も映画祭も、大きく変わっている。アジアでも中国映画界の急拡大やプサン映画祭の台頭など、激変しています。そろそろ世界の映画祭コミュニティーの中で、東京がどういう立ち位置で、どんな役割を果たすのかを問い直す、いいタイミングだと思います。 40回で打ち出す方向性は、おそらくその後10年ぐらいを占うものになると思う。今回の映画祭を終えたら、コンペの方向性も含めて総括、検証したいですね。