今治城の模擬天守。左側には吹揚神社がある=愛媛県今治市で2026年9月30日午前11時58分、狩野樹理撮影 今治城(愛媛県今治市)に天守はあったのか――。瀬戸内の島々を一望できる模擬天守が建つ同城だが、天守がなかった可能性もあるという。城郭研究の同好会「戦乱の空間編集会」の事務局を務める日和佐宣正さん(64)は、資料を精査し「天守はそもそも建てられていなかったと考えるのが合理的だ」と持論を述べる。藤堂高虎が築城 今治城は「築城の名手」といわれる戦国大名、藤堂高虎が1602(慶長7)年に築城を始めたとされる。瀬戸内海に面し、三重の堀と舟入(港)を備える。外堀と中堀の海側にだけ石垣を築き、海に対して防御、見栄えともに重点化した「海城」だった。 明治時代に入り、1871年の廃藩置県のころに全ての建物が壊され、72年には本丸跡に吹揚神社が建立された。同神社の社殿は少なくとも1945年と80年の2度、火災に遭っている。80年の火災の後、社殿が再建される前に敷地の一部の発掘調査が行われているが、明確な天守の痕跡は出てきていないという。「建てられていない…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事