ヒバクシャ毎日新聞 2026/8/3 05:00(最終更新 8/3 05:00) 有料記事 1670文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷これまでの活動を振り返る被爆者の小倉桂子さん=広島市中区で2026年7月12日、佐藤賢二郎撮影 「次にあなたたちが広島に来るときはもう会えないかもしれない。今日の話を忘れないで」 英語で被爆証言をしている小倉桂子さん(88)=広島市中区=は7月、米国の留学生を前に、そう語りかけた。 終了後、「エンジニアになりたい」という男子学生が小倉さんに歩み寄り、「絶対に今日を忘れない。戦争に加担するようなことはしません」と約束してくれた。 小倉さんは「何年たっても思い出してね」と応じ、「こういうとき、生きてきてよかったと思うんです」とうれしそうにほほえんだ。 2006年10月に始まった記録報道「ヒバクシャ」は今年、20周年を迎えます。今回は被爆者をそばで見守る人、関わりある人たちの思いも交えながら、自分と変わらない「普通の人」である彼ら彼女らが高齢を押して証言する原動力を描きます。 記事の後半では、小倉さんを支える仲間の思いを紹介しています。夫の急逝後、英語を猛勉強 8歳の時、爆心地から約2・4キロの自宅近くで被爆した。 英語で証言するようになったきっかけは1979年、41歳の時。米国生まれで原爆資料館の館長を務めた夫の馨さんの急逝だった。 悲しみに暮れる中、小倉さん夫妻と交流のあったオーストリアの作家から「愛する人を突然失った悲しみも、被爆者の苦しみも分かるあなたこそ、ヒロシマを世界に伝えないと」と励まされた。 結婚後は家事と育児に専念していたが、英語を猛勉強して被爆者の通訳に携わるように。後に自身の体験も英語で語るようになった。米軍機のマークに大泣き 2023年の主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)では各国首脳の前で被爆証言をした。特にウクライナのゼレンスキー大統領が印象深いという。 原爆資料館を見学したゼレンスキー氏は原爆で街が破壊される瞬間を映像と音で再現する展示の前で、涙をこらえているようだった。 「どんなこ…この記事は有料記事です。残り899文字(全文1670文字)【前の記事】踏まれ蹴られた遺骨「なんとかせんと」祖父の歩み 伝える82歳関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>