共に生きる 多様な社会毎日新聞 2026/6/16 07:00(最終更新 6/16 07:00) 有料記事 2718文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷光さんが15歳の時に描いた「人間とは違う生命体になりたい」=本人提供 小児外科医でノンフィクション作家の松永正訓さん(64)が、「性別違和」に苦しんだ子どもの光さん(23)=仮名=との歩みをつづった共著を出版した。 生きづらさやパニック障害を抱え、高校、大学の途中で挫折した光さん。10代では先が見えず、アイデンティティーに苦しみ、のたうち回ってきた。 それでも今、ある天職にたどり着き、「私は私」と言えるようになったという。その道のりとは――。小学校高学年で覚えた違和感 光さんが出生時に割り当てられた性別は女性。幼い時から絵が好きで、活発な子だった。そして小学校高学年ごろから、体に違和感を覚えるようになった。 中学に上がれば男女別の制服を着なくてはならない。「スカートは絶対いや」。入学前に「性別違和」の診断を受けた。 進学した私立の中高一貫校は、幸いにも学ランの着用や男子として扱うことを認めてくれた。 入学式で校長は、光さんの名前を出して、性別違和の特性があると説明した。光さんは、体のラインが見えないように暑い時期も学ランを着たり、トイレをがまんしたりした。不便はあったが、学校で自分は受け入れられていると感じた。「LGBTって光のことか」 ところがその後、精神のバランスを崩していくことになる。 ある日、友人がふと口にした一言に、頭の中が真っ白になった。「入学式で言ってたLGBTって光のことか」 それまで、周囲は性別違和だと分かって接してくれていると信じていた。だが、入学式で一度だけ聞いた名前を覚えていないのは無理もない。「誰が配慮してくれて、誰が私を男と信じて、誰が遠巻きに見ているのか」と疑心暗鬼になった。 周りの男子は背が伸び、声変わりが始まる時期。「いつか男のフリをした女子」と見られる――。強い不安に駆られるようになり、パニック障害を発症した。「これまで通りでいい?」 2018年に高校に進学すると、登校できなくなった。 この年、杉田水脈衆院議員(当時)が月刊誌「新潮45」に、LGBTなど性的少数者について「生産性がない」と差別的な表現を使って寄稿した。光さんは深く傷ついた。 性自認はさらに揺れ動いた。女でいたくないと思い、男として生きていたが、自分はどちらでもないことに気づき、悩みを重ねた。 そんな中で、同級生の言葉に救われることもあった。…この記事は有料記事です。残り1764文字(全文2718文字)【前の記事】映画「君と僕の5分」監督が明かすJ-POPと性的少数者の接点関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>