毎日新聞 2026/6/19 17:07(最終更新 6/19 17:07) 有料記事 1732文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷街頭活動に参加する木村宥子さん=奈良市のJR奈良駅前で2026年6月19日午前10時22分、矢追健介撮影 東京の国会前など全国的に戦争や改憲に反対するデモが計画された19日、高市早苗首相の地元・奈良では、市民団体がJR奈良駅前で歌やスピーチで街頭活動をしていた。ちらしを配っていた奈良市の木村宥子さん(85)にバスを待っていた男性が言った。「憲法9条を守れっていうのは大嫌いだ。攻めてくる中国の軍事化を止めてきて」。木村さんはスピーチで、日本の軍事力強化を止めようと訴えた。「外交で、中国とも他の国とも楽しくやれるよう考えたい」きっかけは高市氏の発言 市民団体は約10年前から毎月、この日に街頭活動を続けている。木村さんは途中から参加するようになった。「高市さんに反対するために始めたわけじゃない。でも、どうしても支持できないことがある」 活動を始めたきっかけは2000年春ごろに奈良市内で聞いたと記憶している高市氏の演説。両親が教育勅語を大切にしていたことなどに触れ、教育勅語を教育に取り入れたいという内容の話をしたという。「若くて、ブルーの服が印象的だった。でもそれを聞いた途端に『絶対支持しない』と思った」 高市氏はこれまで、教育勅語を肯定的に評価する考えを発信してきた。 12年には自身のホームページで、全文を暗記していた両親に小学校入学前から繰り返し教育勅語を教わったと紹介。「現代においても尊重するべき正しい価値観」「この見事な教育勅語」などと記していた。首相就任後の25年11月の国会答弁では、「政府として教育現場での活用を促す考えはない」としている。 また高市氏は1995年、戦後50年を巡る衆院外務委員会の議論で「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」と発言した。これに対し、木村さんは「教育勅語があった時代に何が起きたか。戦後に生まれたから責任がないっていうのは無責任ですよ。今の社会を構成し、どういう社会にしていくかを決める責任があるんですから」と憤る。忘れられない戦争孤児の姿 戦争の悲惨さを幼い頃から見てきた木村さんにとって、軍備増強や改憲の議論は人ごとではない。1945年8月の敗戦後、疎開先の長野県から東京に戻った。 上野公園には戦争孤児がたくさんいた。今でもオーバーサイズの服装を見ると、真っ黒に汚れたぶかぶかの服を着て、寒さに凍えていた子どもたちを思い出す。「地下鉄の入り口に、孤児の兄妹が抱き合うように寝転がっていた。私にはどうにもできず、つらかった。それが戦争です」今も思い返す父の言葉 木村さんに大きな影響を与えたのは、父親で東北大名誉教授の核物理学…この記事は有料記事です。残り653文字(全文1732文字)関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>