football life:木村元彦さん寄稿 W杯開幕に思う「あの2人なら何と言ったか」

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football life毎日新聞 2026/6/17 09:00(最終更新 6/17 09:00) 有料記事 2581文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷「愚かな戦争がなくならない」と語っていた元日本代表監督のオシムさん=オーストリア・グラーツで2019年7月9日午後6時29分、大島祥平撮影 サッカーのワールドカップ(W杯)北中米3カ国大会が開幕した。国際サッカー連盟(FIFA)は「世界を一つに」のメッセージをうたうが、開催国の米トランプ大統領は独善的な振る舞いで、世界の分断を深める。「オシムの言葉」などで知られるジャーナリスト、木村元彦さんは2人の名を挙げ、不条理な世界の現実に目を向けるよう呼びかける。(敬称略)1941年生まれの2人に多くの共通点 W杯の派手派手しい開会式を見ながら、2人の人物を思い出していた。イビツァ・オシムと今西和男である。 オシムは言わずと知れた元日本代表監督。2003年にジェフ市原(現ジェフ千葉)の監督に就任後、日本サッカーに大きな革命を起こした。それまで残留争いの常連でもあったチームを瞬く間に強豪クラブに生まれ変わらせ、05年には、クラブに初のタイトル(ナビスコ杯)をもたらした。 結果以上に、多色のビブスを用いて鍛え上げたそのサッカーはあまりにセンセーショナルだった。選手が中盤から前線にかけて泉のように湧き出てくる「人もボールも動く」スタイルは、極めて先鋭的で、多くの指導者に影響を与えた。06年に請われて代表指揮官に就任するも翌年に脳梗塞(こうそく)で倒れて、志半ばにして故郷ボスニアに帰国した。 今西は、サンフレッチェ広島の総監督として、その慧眼(けいがん)を生かし、地方の無名選手を幾人も発掘しては、日の丸を背負うまでに育て上げた。代表的なのは、現在の日本代表監督である森保一である。 高校時代の森保は、テクニックもスピードも目立つところがなかったが、唯一、今西だけが、プレー中の視野の広さを見抜きスカウトに動いた。予定されていた採用枠は超えていたが、子会社に入社させて、選手登録を所属のマツダにするというウルトラCを用いてのリクルートだった。森保はその後、たゆまぬ努力を続けて代表選手に選ばれるまでに成長、指導者としても代表監督に上り詰めた。W杯でドイツ、スペインを破るに至った実績も今西との出会いがなければ、変わったものになっていたと本人も発言している。 オシムと今西、同じ1941年生まれの2人には多くの共通点がある。それは、勝敗よりも…この記事は有料記事です。残り1679文字(全文2581文字)【前の記事】最多6回目出場のレジェンドは…年長得点記録って? サッカーW杯関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>