特派員の目:反逆者か、戦神か 林彪の矛盾と未完の文化大革命=河津啓介

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特派員の目毎日新聞 2026/6/21 16:00(最終更新 6/21 16:00) 914文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷林彪の肖像画。文革中に林が建設した秘密基地に描かれていた=中国浙江省杭州市で2026年4月12日、河津啓介撮影 中国共産党公認の歴史において、林彪(りんぴょう)といえば、建国の父、毛沢東の傍らで文化大革命(文革)を推進しながら、毛の暗殺とクーデターに失敗し、国外逃亡を図って死亡した反逆者とされる。だが、一部では今なお「戦神」とあがめられる特異な存在だ。 今年は文革の発動から60年、その終結から半世紀の節目にあたる。そこで、林が文革中に浙江省杭州市に建設した秘密基地「704工程」に足を運んだ。地下の軍事施設と地上の邸宅部分で構成されるこの場所は、林が1971年に航空機で逃亡中に墜落死するわずか数カ月前に完成したという。Advertisement ここで印象深かったのは、林を批判するどころか、建国前の日中戦争や国共内戦で傑出した戦功を上げたことをたたえる展示内容ばかりだったことだ。 林の書斎とされる部屋に掲げられた解説文には「その生涯は起伏に満ちていたが、その軍事的才能に議論の余地はない」とあり、ソ連の独裁者スターリンが「林彪は無敵の元帥」とたたえたとされる逸話を紹介していた。 言論統制が厳しい中国で、党が「反革命集団の主犯」と断罪したはずの人物を英雄視するのはなぜなのか。その矛盾を読み解く鍵は、林の死後に、毛沢東が残した「林彪の中国革命に対する功績は、過ちよりも大きい」という言葉にあると思う。 そこから透けるのは、革命の功績を神聖不可侵とする共産党の論理である。党や指導者の権威を損なえば、その上に築かれた一党支配体制の正統性が揺らぐという危機意識がその根底にはあるのだろう。 大躍進政策や文革で国内を荒廃させた毛に対しても、やはり党は「中国革命に対する功績は、過ちをはるかにしのぐ」との歴史的評価を下した。「深い洞察力と決断力を備え、輝かしい戦功を上げた」と林彪をたたえる解説文を読む参観者=中国浙江省杭州市で2026年4月12日、河津啓介撮影 しかし、党の「無謬(むびゅう)神話」に固執すれば、自らの過ちと真摯(しんし)に向き合い、教訓をくみ取る道は閉ざされてしまう。そのことが、悲惨な文革の後も天安門事件のような権力の暴走が繰り返される温床となってきた。 そして今、文革発動から60年を経て、中国政治は再び毛沢東時代の個人支配の様相を呈している。 文革世代のある知識人は、こんな警鐘を口にしていた。「天安門に毛沢東の肖像が掲げられる限り、文革は終わっていない」【北京・河津啓介】【前の記事】WAGYUブームの米国で「和牛」に立ちはだかる壁=金寿英関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>