毎日新聞 2026/6/20 17:00(最終更新 6/20 17:00) 有料記事 1753文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷【日本-オランダ】前半、ドリブルを仕掛ける前田大然(右)=米国のダラス競技場で2026年6月14日(日本時間15日)、藤井達也撮影 サッカーのワールドカップ(W杯)北中米3カ国大会の日本代表、DF渡辺剛選手(フェイエノールト)とMF前田大然選手(セルティック)は高校時代、1学年違いで同じサッカー部のチームメートだった。 ともに当時から能力は高く評価されていたが、2人が部の公式戦で同じピッチに立つことはなかった。あれから十数年。2人に準備されたのは、最高の舞台だった。 恩師は「W杯で剛がボールを奪い、大然が決めるのが私の夢」と語り、教え子たちの活躍に期待する。 2人は山梨学院大付高(現山梨学院高)サッカー部に所属し、渡辺選手が2012年、1学年下の前田選手が13年に入部。2人が中学生の頃、部に勧誘したのが、サッカー部総監督の横森巧さん(83)だった。2人とも当時から将来を嘱望 渡辺選手を初めて見た印象を「よく声を出して指示する選手」と振り返る。当時は小柄で突出した技術があるわけでもなかったが、全体を見渡せる能力に可能性を感じた。 それまで渡辺選手のポジションは中盤だったが、高校入学後にセンターバックを任せた。高校3年間で体格も大きく成長し、3年時の全国高校選手権では優秀選手にも選ばれた。 大阪まで足を運んで見た前田選手の中学時代のプレーについては「しなやかに、まるでゴールに吸い込まれるように走る姿が印象的だった」と思い出す。その日の試合後に前田選手と母親に声をかけた。 「16歳としては際立った速さと強さを持っていた。1年では別格だった」。入学後まもなくしてチーム内で頭角を現し、学年の中心選手になっていった。変わった前田選手、ゴールを量産 しかし、2人が公式戦に一緒に出場する姿を、横森さんが見ることはなかった。 前田選手は1年の冬、サッカー部を除籍になった。寮生活…この記事は有料記事です。残り1020文字(全文1753文字)関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>