ハウスで実り始めたトマトを手にする岡田啓太さん=東京都三鷹市で 東京都三鷹市。武蔵野の風情が残るこの地で、農業はまだまだ健在だ。江戸時代から300年続く農家に婿入りしたアメリカンフットボールの元日本代表選手、岡田啓太さん(38)を訪ねた。就農してまもなく10年。春夏秋冬、旬の野菜を年間約40種栽培しており、地元に4カ所ある無人販売所に出す「朝どれ野菜」は、どれも午前中には完売という人気だ。「TOKYO FARMER'S KITCHEN」と名付けたフード・トラックを都内や神奈川県などに走らせて、地元の食材や規格外野菜を生かしたサンドイッチの移動販売事業も始めた。この間、JA東京中央が主催した「農業男子×総選挙」に立候補し、見事、得票1位に輝いた実績もある。自他共に認める行動力――。目指すのは「見せる」都市型農業だ。【聞き手・三枝泰一】 ――就農した時はまだ現役選手でした。「決断」でしたか? ◆義父はこの家の14代目。妻は一人娘です。男手が要ることは分かっていましたので、結婚を決めた時から、「やる気持ち」はありましたね。農家の出身ではないので、農業のことも地元のしきたりのようなことも何も知りませんでしたが、逆に「新しい挑戦」にワクワクしました。なによりも力になったのは、家族親戚や地域の先輩農家の皆さんが温かく迎え入れてくれたことでした。栽培の「いろは」は義父と畑に入って、体で覚えました。「農業は1年に1回の勝負だ」という義父の言葉が胸に刺さりました。義父は約半世紀この地で農業を続けているのですが、毎年、毎年、勝負の繰り返しなんですね。中途半端な仕事はできないぞ、という僕の覚悟につながりました。Advertisement ――「勝負」という言葉に奮い立つのは、アメフト選手ならではかもしれませんね。その選手時代や会社員としての経験が役だったことは? ◆体力には自信がありました(笑)。真夏の炎天下での作業はさすがにきついですけどね。社会人選手として、ゼネコンで8年ほど仕事をしました。現場の仮設事務所に一人ポンと入り、知識を持った技術者の方や、重労働をされている作業員の皆さんとコミュニケーションを築くことが必要でしたが、この経験がとても大きかったと思います。就農してからも、僕の方から家族や地域の先輩たちにどんどん話しかけて、知りたいことを教えてもらいました。すぐに仲良くなれます。後から分かったのですが、三鷹には僕と同じようにお婿さんとして入って、就農された方がけっこういるんですよ。 ――地域の祭祀(さいし)や消防団の活動にも取り組み、人間関係を大事にされているようです。 ◆野菜は自分が作った「成果物」です。目に見えますよね。それを介して、買ってくださる方をはじめとした皆さんとの関係が生まれていくわけですから、いい加減な仕事はできません。 地元の子どもたちを畑に呼んで、芋掘りや大根抜きなど収穫体験のイベントを続けています。参加した時は幼稚園だった子が今は中学生になっていますが、道で出会えば僕のことを覚えてくれていて、あいさつをしてくれます。泥んこになった体験は忘れないと思いますし、お子さんたちが畑ではしゃぐ姿を見る親御さんたちの心にも残るはずです。僕にも8歳から3歳まで3人の娘がいますが、土になじむ子どもたちに注ぐ愛情は皆さんと同じなんじゃないかな。住宅街の中に畑が点在する都市型農業を守るために一番大切なことは、こうした関係性だと思います。 ――2020年に行われた「農業男子×総選挙」を企画したのはJA東京中央会でした。意外に感じますが、都市化が進んでいる東京の方が、むしろ農村部よりも農家とJAとの新しい結びつきが芽生えているように見えます。 ◆僕が所属するJA東京むさし(本店・小金井市)の三鷹地区では、市内の学校給食用に地元農家の野菜を供給しています。ウチの農園も、給食用と無人販売所での直販の比率を増やしています。都市型農業でのJAの役割は、消費者と顔が見える関係を築くためのアイディアを出すことだと思います。「農業男子×総選挙」は東京の農業のアンバサダーを選ぶのが目的でしたが、「選挙運動」の最大の収穫はより多くの人と話しができたことでした。営農の勉強にもなりましたし。「黙々と仕事をするのが農業だ」という考え方もありますが、自分は閉鎖的な環境で仕事をするのは面白くないですからね。候補者の自己アピールや投票はインターネットで行われ、ネットでつながった全国の皆さんに東京の農業をアピールする場にもなりました。地方のJAの方からも反響がありました。 ――都市型農業が全農地に占める割合は1・3%に過ぎません。バブル経済期には、市街化区域内の農地は宅地に転用してしまえという声が支配的でしたが、2015年に都市農業振興基本法が制定され、農地は「都市にあるべきもの」と明確に位置づけられました。市民農園のような住民交流や防災空間としての役割が強調されています。 ◆追い風を実感します。だからこそ、僕らは頑張らなくてはいけない。生産者と消費者との文字通り顔の見える関係で成り立っているのが都市型農業なのですから。JA東京むさし三鷹地区青壮年部には野菜、果樹、花き、植木で計約80人のメンバーがいます。皆、同じ気持ちです。都市型農業は「やめるのは簡単だ」といわれますが、ひとたび転用されてしまったら、農地に戻すのは大変です。農業の持続可能を見せる意味でも、この仕事を守り続けます。おかだ・けいた 1988年、東京都杉並区出身。日大三高、日本大、社会人でアメリカンフットボールを続け、日本代表選手に選出された。2018年に就農。農地は約1ヘクタール。義父・源治さん(78)は14代目。15代目を継ぐ。作品募集 第54回毎日農業記録賞の作文を募集しています。締め切りは9月2日消印有効。詳しくはホームぺージ(https://www.mainichi.co.jp/event/aw/mainou/)