藤原章生の不思議なムトゥワ:南アのシャーマンゆかりのワニ山へ 出会った男性に起きたこと

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藤原章生の不思議なムトゥワストーリー 藤原章生毎日新聞 2026/7/12 13:00(最終更新 7/12 13:00) 有料記事 3216文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷デリック・シェラードが南アフリカ北西州にある自宅で8年ほど前に撮った「ワニ山」。2本の虹がかかったので撮影したという=本人提供 クレド・ムトゥワ(1921~2020年)について聞いて回っていると不思議なことが起きる。そもそも私がムトゥワに引き込まれたのは、彼の大著「インダバ・マイ・チルドレン」を24年末に南アフリカで読んだとき、梅原猛のデビュー作「神々の流竄(るざん)」を開いたときと同じ、えたいの知れない熱量を感じたのがきっかけだった。南アフリカの元特派員による連載「不思議なムトゥワ」は今回が12回目。これまでの記事はこちらで読めます。南アフリカの高天原? 特派員時代に助手をしていた友人に「クレド・ムトゥワを知っているか」と聞くと、「何言ってるんだ。俺たちはインタビューしているじゃないか」と言い出した。調べてみると98年9月のことだった。私はその前、南アフリカ・ソウェトのムトゥワ文化村で彼の彫像を見て、芸術家としてのムトゥワに関心を持ちインタビューに向かったのは覚えている。作品に囲まれた石造りの彼の家に入るまでと、そこを出て墓場の風景を何枚も撮ったのは覚えている。が、一度見たら決して忘れないはずのムトゥワの風貌や周りの人、室内の様子などが何一つ記憶にない。 それをきっかけに彼のことを調べ始め1年半が過ぎたが、記憶はよみがえらないし、面会についての証拠も出てこない。私は、98歳で死んだ彼の本をほぼすべて読み、映像もチェックし、彼の弟子を自称する人々から話を聞き、彼が「開いた」といわれる聖なる山や洞窟、滝を訪ねた。「3日の断食をしたらいい」と地元のプロフェット(預言者)が勧めたのでやってみたが、特段の手がかりはなかった。 もう何も出てこないかな、と思っていた25年11月末、ムトゥワの残した文章を読んでいると「南アフリカの聖地」として真…この記事は有料記事です。残り2501文字(全文3216文字)【前の記事】南アのシャーマンは米同時多発テロを予言した? 奇妙な絵の謎関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>