私のライフシフトストーリー 太田敦子毎日新聞 2026/7/9 11:00(最終更新 7/9 11:00) 有料記事 2419文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷父が創設した法律事務所で弁護士活動を始めた杉原英一さん。看板には姉の吉川奈奈弁護士と杉原さんの名前が並ぶ=福井市で2026年5月25日午後5時22分、太田敦子撮影 故郷の福井市内でこの春から弁護士活動を始めた杉原英一さん(53)は、2年前まで名古屋市内で「焼き鳥屋のオヤジ」をしていた。 弁護士の父と裁判官の姉――。 そんな家族と比べられるのが嫌で、高校卒業後に逃げるように故郷を離れた。 大学を出てからは職を転々とし、焼き鳥屋には19年勤めた。 だが、43歳だった2016年に弁護士になろうと決意し、仕事と3人の子育て、家事をこなしながら8年がかりで司法試験に受かった。 実家を出て30年余り、再び帰ってくるとは思いもよらなかった。 杉原さんがあれほど避けていた家族と同じ職業に転身したのはなぜなのか。 そして今、50代から始めた仕事にどんな気持ちで臨んでいるのだろうか。 この記事は前中後編の後編です。 <主な内容> ・東大卒、裁判官の姉と比べられ ・職を転々、偶然出合った焼き鳥屋 ・弁護士の父「世間体考えろ」 ・父の死で帰郷に傾く ・新米弁護士の心構え東大卒、裁判官の姉と比べられ 父はサラリーマンを経て30代で司法試験に合格し、福井市内に法律事務所を構えた。 3歳上の姉は現役で東京大法学部に進学して在学中に司法試験に合格し、卒業後は裁判官の職に就いた。 杉原さんは姉と同じ中学・高校に通ったが、極端に出来のいい姉と比べられるのが、嫌で嫌で仕方なかった。 とにかく福井から離れたくて、高校卒業と同時に県外に出た。 それでも、進学先に千葉大法学部を選んだのは父の影響だった。 幼い頃、「お父さんの後を継いで弁護士になる」と言ったことがある。 その時の父の喜んだ顔を覚えており、期待に応えたい気持ちが少しはあったように思う。 しかし、勉強に打ち込むわけでもなく、大学は半年留年して卒業した。 時代は、就職氷河期だった。 友人たちはスーツを着て必死で就職活動をしていたが、全くする気になれなかった。 やりたいことでもないのに、「御社」などとおべんちゃらを言いたくない。 「人と違うことがしたい」 そんなことも思っていた。 でも、結局は何がしたいのか、自分でも分からなかった…この記事は有料記事です。残り1562文字(全文2419文字)【前の記事】51歳焼き鳥屋、予備試験の道で司法試験合格 育児・家事も兼ね関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>