映画の推し事:他人を“消費”するとは何ごとだ!「億万長者」が見せた資本主義の行き着く果て

Wait 5 sec.

「億万長者の不都合な終末」© 2023 RICH FLU A.I.E, NOSTROMO PICTURES S.L., BASQUE FILMS SERVICES S.L., MAMMA TEAM SONDER ENTERTAINMENT S.L. 古今東西、金持ちは嫉妬や憎悪の標的にされてきた。私自身は金持ち擁護派である。昔から趣味の良い富裕者は芸術家のパトロンとなり、文化の発展に寄与してきたからだ。 しかし、近年噴出する資本主義の弊害、人間に「消費」の言葉を使う世の中を見ると不安を覚える。 「億万長者の不都合な真実」は、富裕層がかかる奇病という荒唐無稽(むけい)な設定を通して、階級社会を痛烈に風刺した怪作だ。Advertisement人間に対して「消費」とは 50代半ばの私は、社会主義や共産主義の国々の悲惨な末路を見てきた。1975~79年のポル・ポト政権による虐殺。89年、ドイツのベルリンの壁崩壊。91年にはソ連が崩壊した。そのため資本主義も欠陥は多いが、独裁者や監視社会を生む共産主義、社会主義よりずっとましだと思ってきた。「億万長者の不都合な終末」© 2023 RICH FLU A.I.E, NOSTROMO PICTURES S.L., BASQUE FILMS SERVICES S.L., MAMMA TEAM SONDER ENTERTAINMENT S.L. 89年に消費税が導入された際には、人々が「消費税なんて金持ちの味方だ」と憤っていた一方で、同様に怒っていた近所のおじさんが「娘を玉の輿(こし)に乗せたい」と言っていた。人は自分が富を持つのは良くても、他人が持つのは許せない。 とかく金持ちは妬まれる。私自身は貧乏人だが、そんな彼らに同情してきた。 しかし今、環境破壊や富の占有など資本主義のさまざまな問題が表れている。 最近気になる言葉がある。「消費」だ。「彼は彼女を消費した」と書かれた文を見て驚いた。物じゃあるまいし、人間に対して「消費」とはなんだ。「億万長者の不都合な終末」© 2023 RICH FLU A.I.E, NOSTROMO PICTURES S.L., BASQUE FILMS SERVICES S.L., MAMMA TEAM SONDER ENTERTAINMENT S.L. 嫌悪感を覚えながらも違和感はない。それは、現実に多くの人間が自己の欲望優先の資本主義に毒されて、相手を物のように扱う世の中になっているからだろう。本作はそんな社会にパンチを食らわす。現代の富裕層を象徴する主人公 ローラはストリーミングプラットフォームの重役プロデューサー。家庭を顧みず、自身のキャリアにすべてをささげてきた。ある時、経営者から新設部門を任され、さらに株で9億ドルを得る。しかし時を同じくして、富裕者が罹患(りかん)し死に至る「リッチフルエンザ」が大流行する。 リッチフルエンザに感染すると、歯が白く光る設定に思わずニヤリとした。資本主義大国のアメリカでは美しい歯がステータスなのだ。歯並びが悪い者は出世できない、とまで言われる。 さらに、日本のように国民健康保険制度がないため、歯科治療は高額だ。健康な歯を保てるのは富裕者の証しでもある。「億万長者の不都合な終末」© 2023 RICH FLU A.I.E, NOSTROMO PICTURES S.L., BASQUE FILMS SERVICES S.L., MAMMA TEAM SONDER ENTERTAINMENT S.L. ローラはその富裕者になるために、他人を蹴落としてものし上がろうとする。ライバル視する同僚から「女同士助け合おう」と言われても聞く耳を持たず、意地悪する始末。競争社会に生きる人間のあしき面を象徴するかのよう。 なにより印象的なのは、現代の富裕者を体現しているところだ。それは「労働」ではなく、株といった「資産」によって一獲千金を狙う点に表される。 労働よりも資産による富は速く蓄積される。そのため、資産家はより裕福になりやすく、資本主義が続く限り格差は広がっていくといわれる。近年生まれている、超富裕層の多くはこの資産家たちだろう。楽に富を得られることが、いっそう人々の反感を買うのかもしれない。あまりの利己主義にあきれる 一方、昔の富豪には尊敬される者も多くいた。日本で言えば、渋沢栄一や松下幸之助、本田宗一郎らだ。今の富裕者とは対照的に、汗水たらして働いて富と地位を築いたからだろう。なにより人を大切にした。松下にいたっては「社員は家族」と言って、不況下でもリストラしなかったという。「億万長者の不都合な終末」© 2023 RICH FLU A.I.E, NOSTROMO PICTURES S.L., BASQUE FILMS SERVICES S.L., MAMMA TEAM SONDER ENTERTAINMENT S.L. しかし、本作のローラは反対だ。周囲の金持ちが次々と感染していくのを見て、得たばかりの9億ドルを秘書のクリスチャンに譲渡しようとする。 クリスチャンは彼女にこき使われながらも、一生懸命尽くしてきた。二人三脚でやってきた部下まで、自分が助かるために犠牲にしようとするローラには、あきれ果てる。 その姿はまさに目先の利益ばかり追い求めて、人を「消費」していく現代の経営者を表しているようだ。 私は以前派遣された広告代理店で、社員が案件をこなす時間を15分単位で計っているのを見て驚いたことがある。速度の遅い私は社長に注意された。「億万長者の不都合な終末」© 2023 RICH FLU A.I.E, NOSTROMO PICTURES S.L., BASQUE FILMS SERVICES S.L., MAMMA TEAM SONDER ENTERTAINMENT S.L. それだけに、ローラに対して怒りよりも深い失望と悲しみを表し去っていくクリスチャンは痛ましく、人ごととは思えない。腕時計に感じた大きな皮肉 世界は大混乱に陥り、庶民層は暴動を起こす。利己主義のローラだったが、家族と亡命するうちに絆が深まり、命がけで娘を守るようになる。生き残った人々と安全な地にたどり着いて、新たな生活を始める。 そこでは、互いの持ち物を共有し合う決まりが課せられる。ローラも腕時計を差し出すが、未練を断ち切れない。そして、ある行動に出る。 衝撃的なラストだ。人間の欲の深さを示唆するかに見える。だが、そう簡単に断罪できないところに本作のすごさがある。「億万長者の不都合な終末」© 2023 RICH FLU A.I.E, NOSTROMO PICTURES S.L., BASQUE FILMS SERVICES S.L., MAMMA TEAM SONDER ENTERTAINMENT S.L. ローラの気持ちもよく分かる。腕時計は彼女が初任給で買ったものだった。キャリアの出発点で得て「お守り」にしてきたのだろう。そんな物まで持てない共同体にも疑問が湧く。 私有財産が基礎の資本主義とは反対の社会を築いたとて、幸せになれない人間と問題の深さを思い、複雑な気持ちになった。 それにしても、時計とは意味深なモチーフだ。時計は時間を表すが、効率重視の資本主義はなによりも時間を節約する。そして、スピードについていけない者を切り捨ててきたのではないか。諧謔(かいぎゃく)に満ちた物語のなかでも、最大級の皮肉を感じた。【早坂あゆみ】