映画の推し事:音声ガイドが言わなかった「回想」と「お土産用スペース」 映画を言葉で伝える工夫

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「シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE」©2026 映画「SINSIN AND THE MOUSE」FILM PARTNERS 「シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE」は、吉本ばななの短編小説を映画化したヒューマンドラマ。私はこの映画の音声ガイドを担当しました。 主に視覚障害のある人が映画を見る時に利用する、映像を説明したナレーションを作成するのが仕事。アプリを通して聞くことができます。視覚から得る情報を補うものなので、映画を鑑賞する時の補助ツールの役割を果たします。Advertisement 「シンシン アンド ザ マウス」の音声ガイド制作において私の役割は、客観的に原稿の中身をチェックするサブ制作者でした。「回想」と伝えるべきか 映画では、母を亡くし深い悲しみを抱えたちづみ(岸井ゆきの)が、友人に誘われて台北を訪れ、台湾人の母と日本人の父を持つ青年シンシン(ツェン・ジンホア)と出会います。見知らぬ街の風景と何気ない会話の積み重ねが、止まっていた彼女の心を少しずつ動かし、小さなぬくもりを見つけていく……という物語。「シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE」©2026 映画「SINSIN AND THE MOUSE」FILM PARTNERS 映画が始まって、ちづみが台湾へ降り立つまでの間に、何度か回想シーンが挟まります。 音声ガイド制作では、回想シーンであることが視覚情報でしか分からない場合は、「回想」という言葉を挟むことがあります。 しかし今回は、見たままを伝えるだけで回想であることが分かるシーンばかりだったため、あえて挟みませんでした。 たとえばカットが変わったら、亡くなっているはずの人とちづみが会話を始めるので回想だと分かるというような。 とはいえ、回想であることが伝わっているかどうかということは、視覚障害のあるモニターに確認しました。モニター会では、20分ごとに止めながら確認をするのですが、1カ所だけ、回想だと思わなかったというシーンがありました。 けれど実は、晴眼である私も初見の際に、そのシーンを見ている時には回想だと思っていませんでした。それでも、映画を見ていけば気づくので、最後まで見終わってから、改めてモニターに確認したところ、そこも回想シーンだったと分かるとのことでした。「シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE」©2026 映画「SINSIN AND THE MOUSE」FILM PARTNERS よく同業者同士で言うことですが、音声ガイドは、視力を使えない人が安心して映画を楽しめるようにと作られるもので、映画を理解しない人に教えてあげるためのツールではないのです。空きスペースは「お土産用」? 母の死後、ちづみはよれよれの部屋着で、うつろに過ごしていましたが、台湾でライブをするから見に来て、という友人の誘いで台湾へ行くことになり、荷造りをします。音声ガイドを使って紹介します。***************リビングで、ちづみが荷造りをしている。黄色いスニーカーを巾着袋に入れる。<入れる音が挟まる>スーツケースに詰める。何かを見て、手を止める。じっと見つめる横顔。お土産分の空きスペース。ファスナーを閉める。*************** これが最初の原稿でした。 けれど、「お土産分の空きスペース」というのがあまりに説明的すぎるという意見が出ました。 そういう時、私は、晴眼である自分にはどう見えたか?に立ち返ります。「シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE」©2026 映画「SINSIN AND THE MOUSE」FILM PARTNERS 私は、きっちり4分の1スペースが空いていたので、一体何のスペースだろう?と思いました。それは自分自身が旅行に行ってもお土産を買う習慣がなかったからかもしれません。 彼女の行動が母との思い出とひも付く部分もあったので、お母さんとよく旅行に行っていてスーツケース一つで2人分の荷物を持って行ったりしていたのか?などと考える程度でした。 作品を見ていくうちに、きっと毎回旅行に行ったらお母さんにお土産を買っていたのだろうな、と少しずつ分かっていきました。なので、「お土産分の空きスペース」でも間違いとは言い切れない(台本にもお土産用のスペースを空けてしまっている自分に気づく、というような記述があります)。 一通り見終わって、この部分のガイドに「お土産用のスペース」と言うことでどう感じたかを聞いたところ、きっとお母さんにいつもお土産を買っていたんだろうなと思う、と言われました。「シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE」©2026 映画「SINSIN AND THE MOUSE」FILM PARTNERS つまり、ガイドが先回りして明言すると解釈を狭めてしまいますが、明言しないことによって、のちのちそのスペースがちづみのお母さんへの思いと重なって埋まるということだと思いました。 その部分は、「たっぷりの空きスペース」と修正されました。固定カメラで撮影しているのだが…… この作品は、カメラを固定して撮影したシーンが所々に見受けられました。映画は何が映っているか、だと思っている私がサブで入っていると、そのあたりも指摘させてもらいます。 ホテルの部屋のシーンを、音声ガイドから紹介します。***************入り口付近から見るホテルの部屋。正面の窓の前にちづみの後ろ姿。右手の光が差すほうへ移動する。<カチャ、キーという音が入る>ガラスのドアを押し開けて、戻る(①)。こちらに向かって歩いてくる(②)。右側の洗面台を過ぎ、台の下の扉を開ける。冷蔵庫から何か取りだし、扉を閉める。*************** 視覚障害のあるモニター2人に、これが固定カメラの映像という感じでイメージできたか?という確認をしたところ、「ガラスのドアを押し開けて、戻る」という部分で、カメラの位置が切り替わって、また固定になったと思ったと言われました。 厳密に映像通り書くなら、①②の部分は以下のようになるはずです。*************視界から消える。戻って、こちらに向かって歩いてくる。************* つまり、右側にテラスに出るドアがあって、固定カメラでは映っていないという映像なのです。「シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE」©2026 映画「SINSIN AND THE MOUSE」FILM PARTNERS ただ、どこまで厳密にやるのか……それぞれのガイド書きの感覚なので実際の音声ガイドで確認してみてください。お茶の香りを嗅ぎたくなる映像 ちづみとシンシンが茶芸館に行くシーンでは、伝統的な茶器と作法で、台湾茶を味わうシーンが見られます。映像としてはシンシンの向かい側に座るちづみの横からのショットで、シンシンだけが映し出されています。 つまり観客は「シンシンが一つ一つの動作をするたびに、ワクワクした顔で向かいのちづみを見る様子」を見るのです。***************シンシンが、杯のような茶杯を、細長い器、聞香杯(もんこうはい)にかぶせる。ちづみを見る。両手で上下をしっかり押さえ、ちづみを見る。一気にひっくり返し、ちづみを見てほほ笑む。*************** ちづみを見るたびに、ちづみがまねしていることは、音と息遣いなどで分かります。見ているこちらもにこにこしてしまうシーンです。モニター2人も、現地に行って体験して、お茶の香りを嗅ぎたいと言っていました。「シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE」©2026 映画「SINSIN AND THE MOUSE」FILM PARTNERS この作品では、ちづみが小柄であることがキーになります。小ささを感じられる映像にはちょこちょこ音声ガイドが挟まれているので、視覚障害のある人の頭の中のちづみ像はどんなふうになるかな、と気になります。 茶芸館でお茶を飲みながら、ちづみが「シンシンのこと何も知らない」というセリフがあって、確かに2人はまだ出会って半日しかたっていないことに気づきます。 ですが、その時点でそんなことを忘れるほどの触れ合いを感じられています。恋というものがそういうことなのか!ということを見せてくれる映画だと思いました。(松田高加子)