一冊からひらくスポーツ批評インタビュー 田原和宏毎日新聞 2026/7/9 08:00(最終更新 7/9 08:00) 有料記事 3700文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷文芸批評家でサッカーにも詳しい陣野俊史さん=東京都内で2026年6月22日午後4時20分、田原和宏撮影 2006年7月9日。サッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会決勝で、「悲劇」は起きた。延長後半5分、フランスの英雄、ジネディーヌ・ジダンがレッドカードで一発退場となった。現役最後の試合だった。世に言う「ジダン頭突き(ヘッドバット)事件」。イタリアのDFマルコ・マテラッツィに強烈な一撃を食らわせた。3日後の記者会見。謝罪はするが、後悔はしていないといった趣旨の内容を語った。 あれから20年。フランス文化研究者の陣野俊史さんは今も考え続けている。あれは何だったのか。なぜあんなことをしたのか。ジダンとは一体何者なのか。「裏切り者」「差別の犠牲者」「本物の男」。いくつもの言説が重ねられ、さまざまな解釈がなされた。その全てを書き残そうと試みた一冊が「ジダン研究」(KANZEN)。本人いわく「執念の書」である。【聞き手・田原和宏】 ――「ジダニスト宣言」と題した覚悟の文章から始まります。いわく「私はジダニストである。日本語で言えば、ジダン主義者だ。(略)ジダンのプレーや言葉を、自分の生きる信条としてきた者のことである」。ジダンとの出会いはどのようにして始まったのでしょうか。 ◆ジダンが我々の前に現れたのは1994年8月。チェコとの親善試合で途中出場し、鮮烈なデビューを飾りました。0―2の劣勢で迎えた終盤、2分間で2得点を決めたのです。当時22歳。決して早いフランス代表デビューとは言えませんが、ジダンの「神話」はこの試合から始まったと言っていい。4年後、自国開催のW杯フランス大会でチームを初優勝へと導きました。 90年代半ばのフランスは社会の矛盾が噴出した時期。旧植民地である北アフリカからの移民第2世代の若者たちが高い失業率や差別に直面し、深刻な社会問題となっていた。 その象徴が、サッカーならばアルジェリア移民2世のジダンであり、映画で言えば95年に公開されたマチュー・カソビッツ監督の「憎しみ」。バンリューと呼ばれるパリ郊外の貧しい地域で暮らす若者の鬱屈した心情を描いた作品です。「ラップ・フランセ」と呼ばれるフランス独自のヒップホップカルチャーもこの時期、重要なアルバムがいくつも発表されています。 当時、大学でフランス語や仏文学を教えていましたが、どこか閉塞(へいそく)感がありました。私にとって移民文化との出合いは「分岐点」。サッカー、映画、ヒップホップは私の中では同じ枠内にあります。 ――どうしてジダンだったのでしょうか。…この記事は有料記事です。残り2675文字(全文3700文字)【前の記事】W杯の前に読みたい一冊 女子サッカーが照らす、もう一つの世界関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>