BeMe 私らしくストーリー 山本萌毎日新聞 2026/9/17 16:00(最終更新 9/17 16:00) 有料記事 3823文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷夫のモラハラに悩んだ妻は心を病み、そして離婚を切り出した(写真はイメージ)=ゲッティ 「自分なりに家族を愛し、大切にしている」 そう信じて疑わなかった。しかしその陰で、妻は心を病んでしまうほど、夫の言動に苦しんでいた。 結婚から20年以上。離婚を切り出された。 なぜ妻は自分を拒絶するのか。50代の日比野まことさん(仮名)は困惑の中で離婚届に判を押した。 しかしあるきっかけから、自身が「モラハラ夫」だったと自覚することになった。 何が妻を傷つけていたのか。日比野さんが見つけた答えは――。 離婚を巡る価値観は時代とともに大きく変わります。現代の離婚事情を追う連載「離婚の風景」を随時掲載します。第3回は、妻から熟年離婚を迫られた50代男性のその後を取材しました。 第2回 義両親との2世帯住宅「出て行って」 悲哀の夫が語る離婚の真相 ※記事へのご意見は情報提供フォーム「つながる毎日新聞」へ。夫婦関係の悩み、やり場のない思い…皆様の体験談もお寄せください。仕事に打ち込んで失ったもの 妻となる女性とは、互いに大学生のとき、アルバイト先の同僚として出会った。 交際中から結婚を意識し、2人の共通口座を開設して結婚資金をため始めたという。 25歳で結婚し、数年で子どもにも恵まれた。 もっと家族のために頑張ろう――。 大工だったが、30代で給与アップが見込める会社に転職。日比野さんは順調にキャリアアップしていった。 早朝から終電間際まで働く生活が常態化した。 子どもたちの世話は妻に任せきりになった。妻もパートと育児の両立で疲れ果てていた。 「家族なんだから夢を応援してくれるのは当然のこと。家計も支えているし、これくらいは仕方ない」 当時は妻の負担を顧みることはなかったという。 妻が子どもたちの成長や日常のささいな愚痴を話しても、日比野さんは相づちではなく解決策を提示した。 「アドバイスが欲しいんじゃない。子どもの成長を一緒に喜んだり、つらかったねと共感したりしてほしかった」 後に離婚の話し合いの中で妻からそう言われたが、当時はピンとこなかった。 自分なりに妻子のことは大切にしていて、だからこそ仕事も頑張れていると思っていた。 「ずっと将来や家族のことを考え続けていること自体が、大切にするということだと捉えていました」 夫婦は次第にすれ違い、口論が絶えなくなっていった。 <この後の内容は> ・妻が心身不調に きっかけは ・「ひどい夫だった」と気づき… ・よみがえった幼少期の記憶 ・離婚後の元妻との関係に変化 ・人を「正しさ」で処罰する社会公衆の面前で… 象徴的な出来事が起きたのは、家族で外出したときのことだった。 息子が小学校に入学する前のことだ。後ろに息子…この記事は有料記事です。残り2726文字(全文3823文字)【前の記事】高市氏は愛憎入り交じる「姉妹」 初の女性首相に映る格差の構造関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>