教育のいま:順風に見えるけど…「おはよう日本」気象キャスター晴山紋音さん

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教育のいまインタビュー 稲垣衆史毎日新聞 2026/9/15 10:00(最終更新 9/15 10:00) 有料記事 2622文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷気象予報士の晴山紋音さん=東京都港区で2026年8月18日、内藤絵美撮影 今春、NHKの「ニュース7」から、朝の「おはよう日本」へと活躍の場を移した気象キャスターの晴山紋音さん(31)。慶応大学在学中に気象予報士試験に合格し、広島の情報番組の気象キャスターを経て、全国放送に抜てきされた経歴を持つ。 明るく、はつらつとした語り口と、「晴れ」を連想させる名前から、気象予報士になるべく一直線にまい進してきたと思われがちだ。 しかし、小学生時代は転校によって自分を出せなくなり、大学受験では浪人して「何者でもない自分」に焦りを覚えたこともある。 「ずっと自問自答の連続でした」と語る晴山さんの歩みをたどった。  <主な内容> ・「積極的になろう」と誓った中学時代 ・恩師の言葉が心の支えに ・周囲に取り残された浪人時代 ・気象予報士に挑戦したきっかけ ・半生を振り返り、伝えたいこと転勤族で引っ込み思案に テレビ画面を通じて見ると、なぜかしっかり者の「長女」と思われがちですが、実は6人きょうだいの下から2番目。幼い頃は外で遊ぶのが好きなおてんばな子どもでした。 ところが、小学6年の時、父の転勤で仙台から東京の小学校へ転校すると、自分をどう出していいのか分からなくなりました。 既にできあがった友達関係の中に自分だけが後から入っていくことになり、「人との距離」や「自分の居場所」について悩むようになったんです。 引っ込み思案の自分が嫌で、中学校では「積極的になろう」と決めました。当時の私にとっては大きな決断です。 入学式で新入生代表として「誓いの言葉」を読む役を務めました。立候補した時は深く考えていなかったのですが、いざ自分に決まると急に怖くなりました。でも逃げずに、挑戦したおかげで、中学では早くから目立つ存在になり、自信がわきました。 中1の運動会では、中距離走の選手に選ばれました。家で弱音を吐くと、母が河川敷で練習に付き合ってくれて、結果は1位でした。勉強でもなんでも「やれば結果が出る」と思えるようになりました。 学祭の実行委員など面白そうなことは積極的に引き受けました。中学の頃は、小さな積み重ねが大きな自信につながりました。恩師の言葉を支えに 大切な出会いもありました。中1の担任の理科の先生です。気象の世界にもつながる理科の授業が好きになったのも、先生の影響が大きかったと思います。実は当時、将来の夢に「気象予報士」と書いたことがありました。 先生が学校を離れる時、悩みや思いを…この記事は有料記事です。残り1610文字(全文2622文字)【前の記事】PISAで「速く正確に読む力」低下 SNSの「即いいね」影響?関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>