「ふるさと守れる人に」自衛官志す17歳 同級生失った能登豪雨

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毎日新聞 2026/9/21 05:01(最終更新 9/21 05:01) 805文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷塚田川が氾濫し、住宅が流された現場=石川県輪島市久手川町で2024年9月23日午前、国本ようこ撮影 石川県の能登半島で2024年9月、災害関連死を含め21人が死亡した豪雨災害から21日で2年となった。 24年元日の地震の被災地は再び災禍に見舞われる形となり、石川県輪島市では当時、24時間の降水量が観測史上最高の412ミリになるなど記録的な大雨が降った。Advertisement 河川の氾濫によって流されたり、土砂災害に巻き込まれたりするなどして16人が亡くなり、1000棟余りが床上、床下浸水した。豪雨の影響による災害関連死も5人に上った。 当時14歳で同市立輪島中学3年だった喜三翼音(きそ・はのん)さんも自宅が濁流にのまれ、9日後に遠く離れた海の上で遺体で見つかった。 喜三さんの同級生だった逢坂風希さん(17)は今、自衛官を志し、神奈川県横須賀市にある陸上自衛隊高等工科学校に通う。「ふるさとを守れる人になりたい」という思いからだ。能登豪雨で亡くなった喜三翼音さんの同級生だった逢坂風希さん(左)は自衛官を志し、陸上自衛隊高等工科学校へ通う=神奈川県横須賀市で2026年9月4日、岩本一希撮影 恐ろしいほどの雨が降ったあの日、逢坂さんは同級生のSNSグループチャットで、喜三さんが行方不明になったことを知った。 逢坂さんと喜三さんはクラスが別で、時々会話する程度だったが、「生きて見つかってほしい」という一心で、友人と一緒に翌日から何日も川や海岸を捜し回った。能登半島での豪雨災害発生から1週間後、住宅が流された塚田川の河口周辺では、沿岸部に範囲を広げて行方不明者の捜索が続けられた=石川県輪島市久手川町で2024年9月28日午前8時7分、手塚耕一郎撮影 海上で見つかった遺体が喜三さんと判明し、同級生らは涙を流した。それでも、逢坂さんは友人たちと「頑張って前を向こう」と励まし合った。 「喜三さんも最期まで頑張っていたはず」。いつまでも下を向いてはいられないと思った。 24年の元日に起きた能登半島地震では自衛隊員たちが懸命に救助に当たり、被災者に寄り添う姿を見た。自分も災害現場で活躍できる自衛官になりたいと思った。 そんな志はその年の9月の豪雨災害と身近な人の死でさらに強くなった。能登豪雨で亡くなった喜三翼音さんの同級生だった逢坂風希さん(右)は自衛官を志し、陸上自衛隊高等工科学校へ通う=神奈川県横須賀市で2026年9月4日、岩本一希撮影 同級生の多くが地元の高校に進学する中、自衛官を養成する県外の学校に進むことを決めた。 「助けを求める人を助けられる人になりたい」。次は自分が誰かの役に立つ番だと思う。【岩本一希、衛藤達生】関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>