真相・ニュースの現場から毎日新聞 2026/9/19 15:00(最終更新 9/19 15:00) 有料記事 2396文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷「未解決事件で苦しんでいる人がいるのなら話を聞いてあげたい」と話す永野弘子さん=北九州市若松区で2026年6月16日午後0時20分、川畑岳志撮影 娘はなぜ殺されたのか、その理由が分からないまま四半世紀を生きてきた。2001年6月、北九州市八幡西区の永野弘子さん(82)の長女は何者かに殺害された。あれから25年の月日が流れた今も容疑者の特定には至らない。「同じ境遇の人たちと全てを打ち明け合いたい」。永野さんは昨秋、未解決事件の遺族や被害者とともに自助団体を立ち上げた。未解決事件に苦しむ人たちの「よりどころ」となることを目指して。暗転した日常 「お母さんの茶わん蒸し食べたいな」。01年6月下旬、長女の関岡晴美さん(当時34歳)=北九州市若松区=にせがまれた永野さんは、「材料がないから今日はできないよ。また今度作ってあげるからね」と返事した。この時、愛する我が子に手料理を振る舞うことができなくなるとは思いもしなかった。 6月29日午後、外出中だった永野さんの携帯電話が鳴った。晴美さんの夫からだった。「警察から電話がきて『自宅に戻ってきてください』って。今から会社を出て家に帰ります」 何があったのか分からず、晴美さんの夫からもその後連絡はない。晴美さん宅に到着すると、規制線に行く手を阻まれた。 「中に入ります」(永野さん) 「お母様は中に入らない方がいい」(警察) 晴美さんは背中など上半身を複数回刺され、1階の居間で血だらけの状態で死亡していた。第一発見者は幼稚園から帰宅した当時4歳の長男だった。死因は失血死。死亡推定時刻は6月29日午前だった。 福岡県警によると、事件直後とみられる同日午前11時ごろ、晴美さん宅から約3キロ離れたスーパーの現金自動受払機(ATM)で、晴美さん名義のカードを使って現金約50万円が引き出されていた。防犯カメラにはフードをかぶった性別不明の人物が映っていたが、画像が暗く特徴はほぼ分からなかった。防犯カメラに不審な影 事件後、清掃のために永野さんが現場に足を踏み入れると、大量の血が床に染みついていた。娘が殺害された痕跡に涙が止まらなかった。「きつかったね」「よく頑張ったね」。そう言いながら血を拭くことしかできなかった。 永野さんは晴美さんの自宅に住み込み、孫2人の母親代わりとなった。…この記事は有料記事です。残り1501文字(全文2396文字)【前の記事】「知華の最期」聞けなかった 辺野古転覆、救われない遺族の心関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>