映画の推し事:ベネチア国際映画祭 人間と暴力深く見つめ 日本2作品は賞逃す

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第83回ベネチア国際映画祭で「ナザ」が審査員特別賞を受賞し、トロフィーを掲げるユバル・アブラハム、ラヘル・ショール両監督=2026年9月12日、ロイター 9月2~12日、イタリア・ベネチアのリド島で第83回ベネチア国際映画祭が開催された。 今年のコンペティション部門に出品された21作品を俯瞰(ふかん)すると、戦争や暴力をめぐる映画の視点にひとつの傾向が見えてくる。 被害の実態を伝えるだけでなく、暴力はいかに生み出され、人はどのようにその担い手となるのか。その構造や人間の内面へ踏み込む作品が複数登場した。Advertisementガザ攻撃を支えるシステム暴く「ナザ」 審査員特別賞を受賞した「ナザ」はその代表だ。監督は、前年に「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」で米アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したイスラエル人ジャーナリスト、ユバル・アブラハムと映画作家、ラヘル・ショール。第83回ベネチア国際映画祭で審査員特別賞を受賞した「ナザ」=ベネチア国際映画祭提供 イスラエル軍や情報機関に関わった24人の、加害に関与した人々の具体的な証言から、個人の行為の背後にある、ガザ攻撃を支える軍事システムそのものを浮かび上がらせていく。 前年のベネチアでは、カウテール・ベン・ハニア監督「ヒンド・ラジャブの声」が銀獅子賞(審査員大賞)を受賞した。ガザで襲撃された車内に取り残された少女、ヒンド・ラジャブが救助を求めた実際の通話音声を使用し、俳優による再現ドラマとしてその救済活動を構築した作品だ。 犠牲者の声を直接観客に届ける力は圧倒的だったが、「ナザ」はまったく別のアングルで“ガザで起こっていること”を映画化した。告発にとどまらず、暴力の構造そのものを可視化した点で、より複雑で高度な映画的達成となった。塚本監督作品にも通底 日本からコンペティションに選出された塚本晋也監督「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」にも、この問題は通底する。第83回ベネチア国際映画祭で「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」がレオンチーノ・ドーロ賞を受賞し、トロフィーを掲げる塚本晋也監督(中央)=2026年9月11日ⒸKazuko Wakayama ニューヨークの貧しい家庭に生まれ、差別と貧困から抜け出すため18歳で海兵隊に入隊したアレン・ネルソンは、沖縄での訓練を経て1966年、ベトナム戦争の最前線へ送られた。戦争映画の英雄のような兵士になることを夢見た青年が、現実の戦場で人を殺す側になる。 「野火」「斬、」などで戦争と暴力を描いてきた塚本監督は、戦争を国家間の物語ではなく、人間の身体と記憶に刻まれるものとして捉えてきた。本作ではさらに、国家や軍隊が一人の青年を「殺すことのできる兵士」へ変えていく過程へと視点を広げている。 加害の記憶をPTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉に回収するだけでは捉えきれない、人を殺すという行為そのものが人間性を破壊していくさまを容赦なく映し出す。戦争と暴力を一貫して見つめてきた塚本監督が、その主題をさらに深部へと推し進めた野心的な試みだ。高評価「もしもの愛」「ルックバック」 現地の批評家から最も高い評価を得たイ・チャンドン監督「もしもの愛」は、銀獅子賞(審査員大賞)に落ち着いた。 失業した労働者とその妻、そして彼らをドキュメンタリーの被写体にしようとする映画監督とその夫という2組の夫婦を描く。富裕層に属する映画監督が労働者の現実を撮ろうとする、その構図自体がはらむ居心地の悪さを物語の核に据え、経済格差だけでなく、他者の人生を表象する行為に潜む権力をあぶり出す。同作は国際映画批評家連盟賞も受賞した。第83回ベネチア国際映画祭で「ルックバック」の上映後、拍手に応える是枝裕和監督(左端)と出演者=2026年9月7日ⒸKazuko Wakayama もう一本の日本映画、是枝裕和監督「ルックバック」は公式上映後、批評家からは高い評価を受けながらも本賞では無冠だった。 藤本タツキの漫画を原作に、2人の少女が漫画を描くことを通じて結ばれていく13年間を、実写とアニメーションを交えながら描いた。公式賞とは別に、SIGNIS賞、CinemaSarà賞、UNIMED賞など五つの独立賞・表彰を受け、映画祭内で幅広い支持を集めた。金獅子賞は唯一の女性単独監督作 こうした有力作を抑え、最高賞の金獅子賞に選ばれたのが、メイ・エルトーキー監督「ウーマン・アンノウン」だった。コンペティション21作品で唯一、女性が単独監督した作品である。第83回ベネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞した「ウーマン・アンノウン」のメイ・エルトーキー監督=2026年9月12日、ロイターMay el-Toukhy receives the Golden Lion Award for Best Film for the movie "Woman Unknown" during the closing ceremony of the 83rd Venice International Film Festival, Italy, September 12, 2026. REUTERS/Yara Nardi 第二次世界大戦後のデンマークを舞台に、裕福な年上の雇い主との結婚を目前にしながら、戦時中にドイツ兵と関係を持った過去を抱える若い家政婦マリーを描く。 使用人と上流階級、戦時下と戦後、さらに戦争協力者と犠牲者という境界の“はざま”で揺れるマリーを通して、戦争が終わった後も残る暴力と社会の不均衡を浮かび上がらせる。 こうした“はざま”に置かれた人間を見つめる視線は、「ナザ」「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」「もしもの愛」とも緩やかにつながっている。第83回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「ウーマン・アンノウン」=ベネチア国際映画祭提供 「ウーマン・アンノウン」は主演のマティルデ・アーセルも女優賞を受賞し、原則として1作品1賞とする規定の例外が適用された異例の2冠となった。 マギー・ギレンホール審査員長は授賞式後、女性監督だから選んだのではなく、優れた映画だから選んだと明言した。それでも、女性監督の少なさが開幕時から議論となった今年、唯一の女性単独監督作に最高賞を含む2賞を与えた審査結果が、強いメッセージを帯びたことは確かだ。(立田敦子)【前の記事】映像表現は本当に“自由”か 「ちいかわ」大ヒット時代の「実験映画」の存在意義関連記事【最新記事】