江戸時代に熊本藩が作成した「口書」、研究者には宝の山 愛媛

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毎日新聞 2026/7/4 09:15(最終更新 7/4 09:15) 有料記事 1690文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷「口書」など最新の研究成果を近著「四国へんろ考 四国の歴史と文化」にまとめた胡光・愛媛大学教授=松山市で2026年6月29日、松倉展人撮影 江戸時代、熊本藩が作成した「口書(くちがき)」に光が当たっている。犯罪・紛争などの容疑者や関係者の供述調書。当事者の生い立ちや事件に至るいきさつ、交友関係などが深く読み取れる。「江戸の庶民を発見できる貴重な資料」として大学をまたぐ共同研究が進み、うち愛媛大学の胡光(えべすひかる)教授は熊本藩領と四国との頻繁な往来の模様を拾い出し、近著につづった。 熊本藩主・細川家が残した約5万8000点の文書は現在、「永青文庫細川家文書」として熊本大学が保管している。うち、藩の刑事法制担当部局が年ごとに作成した記録帳簿「口書」は江戸時代中期の1712(正徳2)年から幕末・慶応3(1867)年までに下級武士や百姓、町人を調べた全134冊が現存する。1冊当たり150件以上の事件が記されたものも多い。意外な交流な姿も見え 第6代藩主・細川重賢(しげかた)の藩政改革で刑事法を整備した影響もあり、藩はこれらの公文書の保存を徹底したとみられる。 「通常であれば歴史に残らない民衆の姿がよみがえってくる」(胡教授)と、現代の研究者には宝の山となった134冊。今村直樹・熊本大准教授を中心に、愛媛大、九州大、神戸大、東北大などの共同研究「身体・生業・越境の近世後期民衆史」は地域史▽移動と交流▽経済▽法律▽障害者――などの分野ごとに担当を決め、2023年度に始まった。26年度までの予定だったが、予想以上の内容の豊かさから30年度まで延長している。 愛媛大四国遍路・世界の巡礼研究センター長を務める胡教授は四国遍路を含めた民衆の頻繁な往来に着目する。愛媛県伊方町の佐田岬に近く、四国からの玄関口でもある佐賀関(大分市)は熊本藩の飛び地で、意外な交流の姿も見えてきた。 1792(寛政4)年、藤吉(当時24歳)の事件。口書によると、幕府領だった角野(すみの)村(愛媛県新居浜市)生まれの藤吉は上等な着物を大量に盗んだ疑いで熊本藩領・鶴崎(大分市)の役人に捕まる。ばくち好きで19歳で…この記事は有料記事です。残り859文字(全文1690文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>