毎日新聞 2026/7/4 10:15(最終更新 7/4 10:15) 693文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷橋本さんがみやま市を訪れた時の写真やヒット曲のレコードジャケットを飾る追悼展=みやま市瀬高町上庄の与田凖一記念館で2026年6月30日午後、降旗英峰撮影 ヒット曲「ブルー・ライト・ヨコハマ」「カナダからの手紙」などを生み出し、5月に死去した作詞家、橋本淳さん(本名・与田凖介、享年86)の追悼展が、ゆかりの地である福岡県みやま市瀬高町下庄の市与田凖一記念館で始まった。入場無料。9月30日まで。北原白秋が贈った掛け軸も 橋本さんは同市出身の児童文学作家、与田凖一(1905~97年)の長男。東京生まれで太平洋戦争中は同市に疎開した。戦後に東京に戻り、作曲家の故すぎやまこういちの秘書役を務めながら作詞を磨き、ヒット曲を次々と世に出して昭和歌謡をけん引した。Advertisement 与田が母校にあたる市立下庄小(2020年閉校)と上庄小(同)の校歌、両校など3校を統合した瀬高小の校歌を橋本さんが作詞した。与田の死後、橋本さんが遺品を市に寄贈したことが09年の与田記念館開館につながった。 追悼展は、記念館が橋本さんの功績と市とのゆかりを伝えるため企画した。ヒット曲のレコードジャケット、死去を惜しむ新聞記事、橋本さんが幼少期に発した言葉を記録した与田のメモ帳など約30点で生涯を伝えている。本名「凖介」の名付け親である柳川市出身の詩人、北原白秋が与田に贈った掛け軸も展示し、25年に記念館が収録した橋本さんのビデオメッセージも放映している。 与田の遺品の整理、活用にあたるボランティアグループ「ろんぐらんぐ」代表で橋本さんと交流があったみやま市の主婦、大黒田初枝さんは「(橋本さんは)シャイだが話し出すと止まらず、言葉遣いが優しく包み込むようだった。死去は寂しい限りだが、足跡をしっかり伝えたい」と語っている。月曜休館(月曜が祝日の日は開館)。【降旗英峰】あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>