1945年の石油危機毎日新聞 2026/9/5 13:15(最終更新 9/5 13:15) 有料記事 1667文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷1944年11月、レイテ島オルモック湾で攻撃に遭う日本の輸送船=米国立公文書館所蔵 漆黒の海表に棒立ちとなり沈降する船体、傾斜した甲板上で「天皇陛下万歳」と両手を上げる船長、サメに襲われる救命ボート上の船員たち――。戦時中にひそかに描かれた37点の油彩画の中で、徴用された民間船が最期の姿をさらしていた。 戦前に世界3位の規模を誇った日本商船隊は「太平洋を墓場に壊滅した」(日本殉職船員顕彰会)。終戦までに約2400隻800万総トンが沈み、船員の犠牲者は6万人を超えた。死亡率は推計43%で、陸軍20%、海軍16%よりはるかに高い。 資源なき国家が戦争に踏み切ったとき、何が起こりうるのか。一枚一枚の絵が、静かに告発を続けている。「最期」を記録に 「これらの絵は反戦の象徴として、全国を巡回してきました」。8月下旬、東京都江戸川区。「知られざる民間船舶の悲劇 戦時徴用船遭難の記録画展」の会場で、顕彰会の井上登志仁理事長(67)が解説してくれた。 描いたのは、大阪商船(現商船三井)の嘱託画家、大久保一郎(1889~1976年)。1942年に当時の社長の命を受け「次々に沈められる社船の最期」を記録にとどめることになった。 生還船員らから直接話を聞き、忠実に克明にキャンバスに再現。「負け戦を暗示する絵」(顕彰会)を描くのは危険な行為で、大久保は家族にも制作を明かさなかった。絵は…この記事は有料記事です。残り1118文字(全文1667文字)【前の記事】「松根油」から「都市鉱山」へ モリナガ・ヨウさんが危惧する未来関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>