被爆体験「伝えたい」 80代で英語学んだ祖母、バトン継ぐ孫娘

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ストーリー 井村陸毎日新聞 2026/8/6 15:30(最終更新 8/6 15:30) 有料記事 1755文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷祖母の八幡照子さん(右)と祖父の務さん(左)の被爆体験を引き継いで伝えたいと話す孫の恵さん=広島県府中町で2026年8月1日、佐藤賢二郎撮影 「原爆の残酷さを世界に伝えたい」 広島県府中町の被爆者、八幡照子さん(89)は80歳を超えてから英語を学び、広島を訪れる外国人観光客らに体験を証言してきた。 被爆から81年の今年、そんな照子さんにとってうれしい出来事があった。 「おばあちゃんの経験をみんなに伝えたい」と、英国育ちの孫、恵(めぐ)さん(23)が照子さんのもとにやってきた。祖母らの体験を引き継いで語るため研修を受け始めた孫娘の姿に照子さんは目を細める。10歳の少女が「みんなに伝えたい」 1945年8月6日朝、8歳だった照子さんは家族8人で、爆心地から約2・5キロの広島市己斐本町(現西区)の自宅にいた。 朝食後、裏庭に下りた時に突然、窓が青白く光り、地面に伏せようとして意識を失った。気付けば爆風で約5メートル吹き飛ばされ、額にガラスが突き刺さって血だらけになっていた。 辺りには土煙が上がり、家の中は物がひっくり返り、倒れたふすまに割れたガラスが矢のように突き刺さっていた。 戦後、照子さんは体験を人に語ることはほとんどなかった。 転機は2013年。「夢だった世界一周旅行をかなえたい」と、他の被爆者と一緒に世界各国を船で巡りながら被爆証言をするNGO主催の取り組みに参加した。大勢の前で初めてあの日の体験を語った。 英国在住の長女一家も寄港先のモナコまで証言を聞きに来てくれた。そこにいたのが当時10歳の恵さんだった。 恵さんは…この記事は有料記事です。残り1154文字(全文1755文字)関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>