「最悪な」チームに見いだした希望 元プロのエナジック・糸数監督

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【エナジック-北海道ガス】北海道ガスに敗れ観客にあいさつする糸数敬作監督=京セラドーム大阪で2026年11月2日、渡部直樹撮影 第51回社会人野球日本選手権に初出場し、1回戦で敗退したエナジック(沖縄)を率いたのは北海道日本ハムファイターズ元投手の糸数敬作監督(41)。チームに関わり始めた当初は、まともに練習もせず、文句を言う「最悪な状態」だったと振り返るが、寄り添い続けられたのは、そんな状況の中でもひたむきに野球に打ち込む一部の選手たちに希望を見いだしたからだった。ダルビッシュ、大谷とチームメート 糸数監督は沖縄県出身。2002年夏に県立中部商業高の投手として同校を初の甲子園出場に導いた。亜細亜大ではベストナインに選ばれ、07年に日本ハムに入団。米大リーガーのダルビッシュ有投手や大谷翔平選手とはチームメートだった。13年に戦力外通告を受けて退団してからは沖縄に戻り、ダイビング店を経営し、野球と離れた生活を送っていた。 エナジックから誘いを受けて投手コーチに就任したのは23年。チームは、08年の創部後、一度も全国大会に出場できていなかった。当時のチームの印象は「練習はしない…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事【最新記事】