初代支配人は鉄道マン 新刊『帝国劇場』 大量の寄贈資料に光

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毎日新聞 2026/9/3 12:00(最終更新 9/3 12:00) 有料記事 1616文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷初代帝国劇場=1911年撮影 日本の近代演劇、音楽史に大きな足跡を残した東京・丸の内の帝国劇場。 その初代支配人を務めた山本久三郎(1874~1960年)が残した資料を基に、劇場の革新性や1911年の開場当時の実態を描いた『帝国劇場 洋楽・洋舞興行と日本の近代化』(勉誠社)が7月、刊行された。 遺族から山本の母校・慶応義塾大に寄贈された資料は約1700点に及ぶ。2023年に公開された資料をひもとき、演劇や音楽の研究者ら13人が論考やコラムを執筆した。劇場中心の都市の仕組作り 資料には劇場経営や公演に関する記録だけでなく、山本が海外の劇場を視察した際の日誌、劇場パンフレットなども含まれる。 編著者の一人、井口淳子・大阪音楽大教授が注目したのは、鉄道マンだった山本の「劇場の見方」だ。第一次世界大戦前夜の1913~14年、山本はロシアや英国、フランス、米国などを巡った。公演プログラム、ホテルや食堂のレシート、鉄道の切符まで、旅の細部が記録されている。 「山本が何に一番ひかれたのか。おそらく劇場のステージではないんですよ」と井口教授は語る。 建物だけでなく、周辺交通を含めて観客をどう迎え、劇場をどう運営し、どんなサービスを提供するのか。劇場を中心に広がる都市の仕組みを山本は見ていた。それらを持ち帰り、帝劇に取り入れた。ロンドンで見た、ホテルと一体となったサボイ劇場はその一例だ。帝劇に隣接する東京会館の構想にも、このような海外の劇場文化が影響したと考えられる。国際的ネットワーク生かす 帝劇は「帝国」の名を冠しながら、民間の劇場だった。幅広い価格帯の座席を用意し、従来の劇場とは異なる、より開かれた観劇空間が志向された。切符制度の導入など、鉄道で培わ…この記事は有料記事です。残り900文字(全文1616文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>