バレー推し玉井滉大深野麟之介毎日新聞 2026/9/4 12:02(最終更新 9/4 12:02) 有料記事 3771文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷日本代表の試合前、笑顔を見せる小川智大選手=Asueアリーナ大阪で2026年7月17日、長澤凜太郎撮影 バレーボール男子日本代表のリベロで、当時は川崎市立橘高の3年生だった小川智大選手(30)を羨望(せんぼう)のまなざしで見つめる対戦相手の1年生がいた。 東京・東亜学園高の上林直澄選手(27)=現・レーヴィス栃木=だ。 「相手が嫌だろうなと思うプレーをしていました。こういう選手がチームに一人いたら、バレーも楽しいんだろうな」 小川選手の後を追って明治大に進むと、よりさまざまな面を知ることになる。【玉井滉大、深野麟之介】 日本代表のリベロ・小川智大選手の学生時代を3回で振り返ります この記事は前中後編の後編です 前編はこちら 中編はこちら「どこまで見ているんだろうな…」 当時、東亜学園高と橘高は、よく練習試合をしていた。 上林選手の仲の良い先輩と小川選手が友人だったこともあり、1年生ながら小川選手と話す機会に恵まれた。 試合で会うと、バレーのことだけでなく、たわいもない話もたくさんした。他校の後輩ながらかわいがってもらった。 気付けば「トモさん」と呼び、慕うようになった。 上林選手は高校3年時、正セッターとして東亜学園高を全日本高校選手権(春高バレー)準優勝に導いた。 進路はさまざまな選択肢があったが、「トモさんとバレーをやりたいと思っていました。同級生で知っている選手が明治に行くこともあったので」と明大への進学を決めた。 春高バレーから約1カ月後。明大の練習に初参加した。すると、小川選手から予想外の第一声を投げかけられた。 「痩せろ」 コート外の小川選手は、真面目…この記事は有料記事です。残り3129文字(全文3771文字)【前の記事】「コート上の監督」は小川智大、関係者に衝撃の変則戦術/中編関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>