亡くなる直前まで講座続ける 人材育成に心血注いだ白川英樹さん

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毎日新聞 2026/9/3 20:50(最終更新 9/3 21:07) 有料記事 1349文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷講師に招かれた科学実験教室で実験の手順を説明する白川英樹さん(中央)=新潟市中央区で2018年10月6日、堀祐馬撮影 電気を通すプラスチックを発明し、2000年のノーベル化学賞を受賞した白川英樹さん(90)が死去した。温厚な人柄で知られる一方、若者の人材育成に心血を注ぎ、亡くなる直前まで、子どもたち向けの科学講座を科学館で続けていた。偶然の失敗から大発明 研究者の道は順風満帆ではなかった。大学受験に失敗し、浪人して東京工業大(現・東京科学大)へ。当初は希望の研究室に入れず、助手として下積み生活は13年に及んだ。それでも生前、人生を「回り道をしてきた分、幅広い分野を知ったことが役立った」と前向きに振り返っていた。 ノーベル賞の受賞理由になった「電気を通すプラスチック」は、自身が指導した留学生の偶然の失敗から誕生した。失敗で終わらせずに原因を追究して成果につなげ、有機エレクトロニクスの礎を築いた。 近年の日本の科学技術政策は「成果」を強く求められる。それだけに白川さんは、横道にそれる余裕が失われつつあることを懸念していた。01年から2年間、政府の総合科学技術会議の議員を務め、競争にとらわれない自由な研究の促進を訴えた。研究の面白さを子どもたちに 03年からは日本科学未来館(東京都江東区)で「特別実験教室」の講師を務めた。小学生から高校生まで、自身の研究をベースに、丁寧に分かりやすく化学を解説し続けた。 今年7月の教室でも元気な姿だったといい、同館科学コミュニケーション室の桜庭真弓さんは「子どもたちと同じ目線に立ち、常に真摯(しんし)に向き合っていた。感謝してもしきれない」と悼んだ。 研…この記事は有料記事です。残り705文字(全文1349文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>