もっと社会人野球:「投げ方分からなくなった」元エース 都市対抗アーチで輝き再び

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もっと社会人野球毎日新聞 2026/9/4 06:00(最終更新 9/4 06:00) 有料記事 1559文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷【名古屋市(東邦ガス)-東京都(JR東日本)】一回裏東京都1死、先制の本塁打を放ち、祝福される篠田怜汰=東京ドームで2026年9月1日、スポニチ・五島佑一郎撮影 投げるたびに成長を遂げていた16歳の夏から8年。大きな舞台で、あの頃とは別の形で輝きを取り戻した。 投手として高校日本代表候補となったのもつかの間、肩を痛めた影響から「投げ方が分からなくなった」。マウンドに立つことをあきらめ、代走要員として生き残った。 次は打撃。必死に技術を磨き、この夏、東京ドームでアーチを架けるまでの選手になった。野手転向「迷いあったが…」 第97回都市対抗野球大会で、東京都・JR東日本の「2番・中堅」として2試合にフル出場した篠田怜汰選手だ。 1日の2回戦、名古屋市・東邦ガス戦。一回1死の場面でフルカウントから左腕・大石晨慈(しんじ)投手が投じた6球目、甘く入った138キロの直球を引っ張った。 柵越えを確信したのは「打った瞬間だった」。打球はチームカラーの緑に染まった左翼席へ悠々と届き、社会人7年目にして本大会初の本塁打となった。 試合は2―3で敗れたものの、1回戦の鈴鹿市・Honda鈴鹿戦と合わせ、7打数3安打2打点、2四死球と健闘した。 「大事な大会で結果が出たのは、今までの積み重ねだと思います」と振り返った。佐々木朗希らと高校日本代表候補に 東京都出身で、山形・羽黒高に進んだ。2年生だった2018年の夏。山形大会は背番号11だったが、投げるたびに周囲の信頼を厚くする活躍で優勝に貢献。甲子園ではエースナンバーを託された。 1回戦で奈良大付高に敗れたものの、先発して8回3分の2を自責点3と上々の内容だった。 この夏に出した球速145キロが自己最速になった。2年の終わりに肩を痛めてしまったのだ。高校3年の春には、岩手・大船渡高の佐々木朗希投手(米大リーグ・ドジャース)らとともに高校日本代表候補に選ばれたが、調子が戻らなかった。 それでも潜在能力を評価され、卒業後は投手としてJR東日本に入社した。 「高校の時は別格だった」という佐々木投手に対しては「社会人に入って追いつきたい」との思いを抱いていたが、満足に投げられない日々が続いた。 「高3の時から肩があまり良くなくて、(一番良かった)高2の時の投げ方が分からなくなってしまって……」…この記事は有料記事です。残り667文字(全文1559文字)【前の記事】「やっぱりヤマハと言われるように」 再起誓う「最強補強軍団」関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>