上皇さまが強く望む簡素な葬儀、50日間続いた儀礼の「苦い経験」

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朝日新聞記事深掘り2026年9月3日 16時00分有料記事中田絢子 編集委員・島康彦静養のため葉山御用邸に入る上皇ご夫妻=2026年5月19日午前11時37分、神奈川県葉山町 上皇さまの葬儀の簡素化は、自身が天皇の在位中から強く望んでいたことだった。その背景に、父・昭和天皇の葬儀が大規模に行われ、国民生活に広く影響を及ぼしたという「苦い経験」(上皇ご夫妻に長く仕えた側近)がある。 昭和天皇が1989年1月7日に逝去した際は、2月24日に「大喪(たいそう)の礼」が行われ、埋葬されるまで50日間にわたって「殯(もがり)」(葬送儀礼)が続いた。うち37日間は皇居・宮殿「松の間」の「殯宮(ひんきゅう)」にひつぎが安置され、生前に好んだ食事が毎日供えられ、10日ごとにお祭りも営まれた。 2月24日には新宿御苑(東京都)で一般の告別式にあたる皇室の儀式「葬場殿(そうじょうでん)の儀」、続けて国事行為の大喪の礼があり、国内外から約1万人が参列。御苑は準備段階から2カ月半ほど閉鎖され、都内や近郊は大規模な交通規制が行われた。葬儀と陵の造営などの費用は100億円に膨らみ、長期間にわたって世間では、様々な行事の中止や結婚式の延期など自粛ムードが続いた。昭和天皇のご病気で中日ドラゴンズ優勝記念のVセールが中止され、応援の看板を取り外す店員たち=1988年9月23日、名古屋市中区栄の丸栄百貨店で 宮内庁関係者によると、上皇さまはこうした大がかりな儀式に疑問を感じ、自粛ムードの広がりにも憂慮の念を示した。また、天皇に即位してからも折々に、「国民生活に影響を及ぼしてはならない」と側近らに語ってきたという。水面下で進んだ簡素化への検討 昭和天皇の時は逝去の半年前…【この記事の続きが読める】有料記事が読み放題のスタンダードコースが初回1カ月無料!詳しくはこちら宅配紙面の購読者なら、ダブルコース半年割がお得です。詳しくはこちらこの記事を書いた人中田絢子東京社会部|宮内庁担当専門・関心分野皇室、憲法、平和、政治、運輸島康彦社会部|編集委員専門・関心分野皇室、こどもの問題、格闘技(プロレス)、演芸(落語、浪曲)関連ニュースこんな特集も注目ニュースが1分でわかるニュースの要点へ9月3日 (木)ネパール土石流から1週間四国の「水がめ」ゼロの危機「聖闘士星矢」作者が横領被害9月2日 (水)長期金利 一時3.000%備蓄米21万トン買い戻しへ秋山豊寛さん死去 84歳9月1日 (火)中道改革連合 事実上の解体へ核のごみ調査 国が申し入れ歌舞伎町ビル火災 25年8月31日 (月)情報開示わざと遅らせる投稿生活道路 60→30キロ規制に「ワーホリ」ビザ発給抑制へトップニューストップページへノーベル化学賞・白川英樹さん死去 電気を通すプラスチック開発16:09上皇さまが強く望む簡素な葬儀、50日間続いた儀礼の「苦い経験」16:00臨時国会、10月上旬召集で調整 消費減税や定数削減の法案が焦点16:30世界遺産への登録めざし「彦根城」の推薦を決める 文化審議会13:52米司法省「AIの記事学習、著作権侵害でない」 NYT訴訟で意見書15:30イグ・ノーベル賞、今年も取れば20年連続 日本の強さの秘密は?11:15