もっと社会人野球毎日新聞 2026/8/27 06:30(最終更新 8/27 06:30) 有料記事 2243文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷【JR四国-松山フェニックス】四回表JR四国1死、同点のソロ本塁打を放った山田虎太郎選手=香川県丸亀市のレクザムボールパーク丸亀で2026年6月27日午後1時54分、村上正撮影 本塁打を放つと雄たけびを上げ、ピンチになると人懐っこい笑顔で投手に駆け寄る。第97回都市対抗野球大会(東京ドーム)で、27日第1試合の名古屋市・東邦ガス戦で初戦を迎える高松市・JR四国の内野手、山田虎太郎(こたろう)選手(23)はとにかく明るい。 2年目ながら中軸を担い、欠かせない存在に。そのユニホームはいつも泥だらけで生き様が詰まる。だが、世界中を混乱に陥れた新型コロナウイルス禍では、表情が曇り、野球を諦めかけたこともあった。恩師の尽力、JRの横のつながりでたどり着いた瀬戸内。今、白球を追う喜びを体全体で表現する元気印に迫った。恩師「続けてほしい……」 埼玉県朝霞市出身。父親がプロ野球・阪神の熱狂的なファンだったことから「虎太郎」と名付けられた。鳥谷敬さんの大ファンだった少年は夢中になってボールを追いかけた。 決して目立つ選手ではなかった。中学時代は控え。当時、甲子園出場経験がなかった浦和実高では2年の新チームになって、ランナーコーチとしてベンチ入りするのがやっとだった。 転機は高校3年。新型コロナウイルスの感染拡大で、戦後初めて夏の全国高校野球選手権大会が中止となった。全国で独自大会が開催される中、埼玉県は例年より1カ月ほど遅れての開幕だった。通常なら3年生は引退の時期。進学や就職に向けてチームを離れることも認められた。 主力数人は先に部を離れたが、山田選手は「このままでは後悔する」と残った。監督には「どこのポジションでもいいので使ってほしい」と懇願。部活動が制限された自粛期間中、自主的に鍛えていた脚力に自信があった。 練習試合で結果を残し、背番号7をつけて独自大会に挑んだ。浦和学院に敗れた南部地区決勝までの全5試合で「1番・左翼手」で先発出場した。打率4割超をマーク。ドラフト候補の投手からも安打を重ねた。 「まだ、(上のレベルで)野球ができるかも……」 そんな手応えをつかんだ直後、父親から「ちょっと申し訳ないんだけど……」と伝えられた。 勤務する居酒屋はコロナ禍で客足が大きく減り、失業。経済的に厳しく、山田選手を大学に進学させられたとしても、野球を続けることは困難だった。 「このまま、やめなければいけないのか」。…この記事は有料記事です。残り1317文字(全文2243文字)【前の記事】「東大球児」が語る社会人球界「サバイバル術」の神髄 都市対抗関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>