毎日新聞 2026/8/23 07:15(最終更新 8/23 07:15) 有料記事 1892文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷憲法学者の鈴木安蔵が幼少期を過ごした実家の室内で語る志賀勝明さん=福島県南相馬市小高区で2026年7月20日午後4時7分、田倉直彦撮影 「私たちは原発事故で家も仕事も奪われた。憲法の成立に大きな役割を果たした鈴木なら、人権や生存権を脅かす原発に憤ったはずだ」 福島県南相馬市小高区。憲法学者・鈴木安蔵(1904~83年)が13歳まで暮らした実家で、「鈴木安蔵を讃(たた)える会」会長の志賀勝明さん(78)は静かに語った。憲法の間接的起草者、鈴木安蔵 大正時代に建てられた木造平屋の住宅は、薬局を営んでいた商家らしく、ガラスをふんだんに使った縁側の戸や、石灯籠(どうろう)を置いた庭に華やかさが漂う。 太平洋戦争前に治安維持法で逮捕された経験もある鈴木は戦後、知識人らが新憲法の私案づくりに取り組んだ「憲法研究会」の中心人物として知られる。 研究会は1945年12月、「憲法草案要綱」を公表。その中には、国民主権や基本的人権の尊重、法の下の平等、生存権など、現在の憲法の条文につながる重要な権利が盛り込まれた。 戦後日本の占領政策を担った連合国軍総司令部(GHQ)は評価し、後のGHQによる憲法草案にも影響を与えたとされる。同草案を基にした日本政府の憲法改正案が国会審議を経て成立した。このため鈴木は「憲法の間接的起草者」とも呼ばれる。 志賀さんは、この実家を訪れる人々に鈴木の歩みと功績を伝えている。原発建設に反対貫く 終戦から3年後の48年、小高町(現南相馬市小高区)で半農半漁の家に生まれた志賀さんは、高校卒業後からホッキ貝漁に従事してきた。 20代だった…この記事は有料記事です。残り1279文字(全文1892文字)関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>