なくそう心の段差:シンシアとともに国会へ 支援の輪広がり、補助犬法制定を実現

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なくそう心の段差毎日新聞 2026/8/23 12:01(最終更新 8/23 12:01) 有料記事 3531文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷1999年2月、木村佳友さん(中央手前)は同伴拒否問題を訴えるためシンシア(右)と国会を訪れた。介助犬を同伴しての国会傍聴は初めてで、シンシアは一声も発さず寄り添った。左は同行した米国の介助犬使用者。中央奥は妻の美智子さん=加古信志撮影 1998年4月、毎日新聞夕刊(大阪本社版)に「介助犬にも“市民権”を」という記事が掲載された。オートバイ事故で手足が不自由になり、介助犬と生活する木村佳友(よしとも)さん(66)=兵庫県宝塚市=について、私(記者)が初めて取材して書いた記事だ。全2回の後編です前編はこちら バイク事故で手足まひ 絶望を希望に変えた介助犬との30年講演で介助を実演させアピール 96年7月に介助犬認定されたシンシアが木村さんの生活をサポートしてくれるようになったが、外出先では同伴を断られることが多かった。 同年10月に知人が企画した講演会をきっかけに、講演の依頼が相次いだ。講演ではシンシアに普段の介助を実演させ「シンシアは僕の体の一部です」とアピールした。講演を助ける友人や会社の同僚、介助犬を同伴できる店を調べてマップを作るグループ、シンシアの散歩を手伝う中学生……。支援の輪も広がった。 同県尼崎市の阪神支局で勤務していた私は、講演会の開催を案内する記事を書くため木村さんに会いに行くまでは、介助犬のことを全く知らなかった。同伴拒否された話を聞き、悲しくなった。みんなが知れば、社会は変わっていくはずだ――。そんな思いから、同僚とともに98年9月から兵庫県版で「介助犬シンシア」の連載を始めた。連載に激励多数、行政の対応変わる 第1部は「新幹線に乗った」だった。当時、東京での集会に参加するため鉄路で行く木村さんに介助犬が同伴するには、個別に鉄道会社の許可を受ける必要があった。「試験」を受けたシンシアは、混雑時を想定して前脚を踏まれて騒がないかも試されたが、平気で寝ていた。ちょっとたれ目のルックス、木村さんに寄り添うけなげな姿。連載が進むと、阪神支局には「がんばれ。シンシア」と激励の手紙がたくさん届いた。 介助犬の存在が社会に知られていくにつれ、自治体や国の対応も変わっていった。 その年の12月、当時の宝塚市長が…この記事は有料記事です。残り2725文字(全文3531文字)【前の記事】バイク事故で手足まひ 絶望を希望に変えた介助犬との30年関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>