戦後81年インタビュー 河慧琳毎日新聞 2026/8/22 07:00(最終更新 8/22 07:00) 有料記事 3007文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷大阪大空襲や戦後の様子を描いた紙芝居「風のゴンタ」や自身の戦争体験を話す漫画家のビッグ錠さん=神奈川県藤沢市で2026年7月10日、小林努撮影 戦争は終わっても「食って生き残るためのもうひとつの戦争」は終わらなかった。 1945年、終戦までの8カ月で50回を超える空襲を受けた大阪。漫画家のビッグ錠さん(86)が88年に発表した漫画「風のゴンタ」は、この地を舞台に、たくましく生きる戦災孤児を描いた作品だ。 自身も81年前の大阪で、母、幼い妹2人と戦火をくぐり抜け、変わり果てた街で少年時代を過ごした。 「『生きる』ということはどういうことか、伝えたい」 およそ10年前に作品を紙芝居に仕立て、上演を続ける背景には、こんな思いがある。心に深く刻まれた戦争体験 ――45年6月、5歳の時に住んでいた大阪市旭区が空襲に見舞われました。 ◆空襲があった時は、3歳と1歳の妹2人を乳母車に乗せて、母と一緒に逃げました。洋裁店を営んでいた父は警防団の活動でいなかった。家の前の電車道にみんながぞろぞろと行列を作る光景を覚えています。 不思議なもんでね。空襲の時って、あの熱気のせいなのか雨が降るんですよ。周囲が赤く燃えている中、昼か夜かも分からないような黒く曇った空から雨が降っていました。 母から聞いた話ですが、近所の人たちで淀川に向かって逃げていく中、布団をかぶった女性に「(川に)行ったらあかん。機銃掃射や」と言われたんです。その言葉を受け、僕らは川に行かなかったことで命拾いした。この話は何度も聞かされました。 終戦後に淀川で遊んでいたら、土手のところに結構穴が開いているのに気がついてね。機関銃の跡だと聞きました。 ――「風のゴンタ」を発表したのは、『包丁人味平』『スーパーくいしん坊』とヒット作を手がけ、売れっ子として名をはせていた時期でした。戦争について執筆の機会をうかがっていたそうですね。 ◆子供の頃から…この記事は有料記事です。残り2272文字(全文3007文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>