イラクで奪った命、神戸で奪われた命 戸籍が明かした家族の過去

Wait 5 sec.

毎日新聞 2026/8/22 11:00(最終更新 8/22 11:00) 有料記事 1770文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷神戸空襲の慰霊碑に、親族2人の名前を刻んだ吉元・マングローニャ・涼平さん=神戸市中央区で2026年6月7日午前11時45分、山本真也撮影 2026年6月、神戸市内で開かれた空襲犠牲者の慰霊行事に、一人の男性の姿があった。 約20年前、イラク戦争に従軍した経験を持つ、元米兵の吉元・マングローニャ・涼平さん(40)=三重県四日市市。 彼は参加者を前に、静かに口を開いた。 「イラクで人殺しのサポートをしていた。今はすごく罪悪感がある」 戦争で深い心の傷を負った吉元さんは、自らのルーツをたどる旅の途中で、この場所に行き着いた。 そこで明らかになったのは、家族史に埋もれた「もう一つの戦争」と、神戸という街に刻まれた知られざる過去だった。ミサイルで吹き飛ばされた人々 6月7日、慰霊碑に刻印された親族2人の名前を指さし、吉元さんは安堵(あんど)した表情を浮かべた。 徳島県で生まれ、幼少期に米国人の父の故郷に近い米領北マリアナ諸島のテニアン島に移住した。 この島は1945年8月、広島と長崎に原子爆弾を落とした米軍機が出撃した場所として知られる。 小学校では同級生に「ジャパニーズ」と呼ばれ、いじめられた。 高校生だった2001年、米本土で同時多発テロが起きた。 愛国心に突き動かされ、卒業後に空軍に入隊。同級生も3分の1が軍に入った。 03年にイラク戦争が始まると、05年と06年にそれぞれ半年間、イラクに派遣された。 任務は空軍基地の窓のない作戦司令室で敵のアジトや武器庫などの位置情報を集め、空爆を支援することだった。戦闘機から送られてくる画像で、戦果を確認した。 特定の人物を標的にした攻撃もあった。 ミサイルの直撃を受けた人間が跡形もなく吹き飛ばされた画像を何度も目にした。…この記事は有料記事です。残り1098文字(全文1770文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>