1945年の石油危機:「松根油」から「都市鉱山」へ モリナガ・ヨウさんが危惧する未来

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1945年の石油危機毎日新聞 2026/8/28 11:15(最終更新 8/28 11:15) 有料記事 2495文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷自宅アトリエのモリナガ・ヨウさん=東京都で2026年8月17日午後5時37分、高橋昌紀撮影 イラストレーター・絵本作家のモリナガ・ヨウさん(60)は緻密な取材と描写で、ジャンルを問わず対象の「本質」に迫ってきた。銃後の暮らしをテーマとした雑誌の連載企画も担当。そこで見えてきた、現在との共通点とは。【聞き手・高橋昌紀】「ほとんど江戸時代」の風景 ――アジア太平洋戦争の末期、「松根油」の採取に国民が総動員されました。 ◆愚かなことをしたと思います。1936年生まれの父から思い出話を何度も聞きました。戦時中は佐賀に住んでいて、子どもの記憶ですが「飛行機の燃料にするために集めた」「飛行機がフラフラと落ちてしまったのを見た」などと語っていた。いつか作品に描きたいと思っていました。 雑誌「歴史群像」に連載中のイラストルポ「迷宮歴史倶楽部(くらぶ)」で2016年、「松の根から重油とガソリン」を掲載しました。記録写真などがあり、作業の様子を描きました。 新潟で写された1枚は、松の根をソリか何かに載せて引っ張っています。作業をしている人たちは、みのを羽織って足元はわらじや足袋。ほとんど江戸時代ですよ。「近代戦の銃後」とはとても思えぬ風情です。 埼玉県平和資料館には乾留釜が残っていました。物資不足で、そもそも松の根を蒸し焼きにするまきが足りなかったそうです。当時も「無駄では」との声もあったようですが、走り出したら止まらなかった。 1945年1月の「写真週報」(内閣情報部刊行の週刊グラフ雑誌)は「さあ今年も 松根油の増産」とあおっていました。調べれば調べるほど… ――「迷宮歴史倶楽部」は、主に銃後の国民生活をテーマにしています。 ◆1回目は「風船爆弾」です。その後「防空頭巾発達史」「(空襲対策を描いた)窓ガラスには紙を貼れ」「金属類回収」「ラヂオ体操」「上野水族館の魚たち」「わら文化」「竹槍(やり)」などと続けてきました。資源のない日本の国民は、実に真面目に取り組んでいたと思いますね。 ただし、全ての「オチ」が同じになってしまうんですよ。日本は貧しくて、とても戦争などできない――。調べれば調べるほど、その結論に至りました。人間のエネルギーが間違って使われている。笑えないコントの繰り返しになってしまう。 建設関連のイラストルポをしたことがあり、コンクリートにそこそこ詳しくなりました。「迷宮歴史倶楽部」では千葉県茂原市の掩体壕(えんたいごう)(航空機防護用施設)も取材したのですが、コンクリートの品質のひどさが分かった。戦時中の物資不足の一端です。本質を知ること ――そうした取材姿勢はどのようにして、育まれたのでしょう。 ◆ゲーム機などない時代に育ちました。…この記事は有料記事です。残り1405文字(全文2495文字)【前の記事】国策に振り回された「石油戦士」たち “8月14日”の悲劇関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>