昭和天皇「独白録」は本当に独白だったのか 新資料が示す政治性

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社会最新記事毎日新聞 2026/8/29 06:31(最終更新 8/29 06:31) 有料記事 1603文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷高柳賢三「戦責研究」発見時の様子=渡辺延志氏撮影 昭和天皇が戦前・戦中の経緯を語った「独白録」の台本に当たる資料「戦責研究」が見つかった。「独白録」は発見時、出版社が「独白」と名付けたため、平和主義者でありながら軍部に押されて戦争へ向かわざるを得なかった天皇が、側近たちに苦衷を漏らした内密の話というイメージが広まった。 しかし、研究者の間では当初からすぐれて政治的な終戦工作の一環とみなされ、語り口や内容の偏り以上に、背後の政治関係や特異な弁明の論理と構成がどのように作られたのかという成立過程が関心の的だった。 記憶の聞き取りは敗戦直後から天皇自身が希望していたが、戦争責任問題と天皇制存続という最重要課題に直結するため、連合国軍総司令部(GHQ)や日本政府の中に、国際裁判対策をにらんでさまざまな思惑や働きかけが交錯していた。新資料は、これまであまり注目されてこなかった外務省が、作成過程に深く関わっていた可能性を浮かび上がらせる。「独白」の背後に天皇免責論 執筆した高柳賢三東京帝国大学教授は当時、英米法学の第一人者で、吉田茂外相のブレーンとなり、東京都心に個室をあてがわれ、吉田が首相になると貴族院議員に任命されるなど厚遇された。外務省の理論的司令塔だった。後に鳩山一郎内閣で1956年に設置された憲法調査会の会長となり、佐藤栄作内閣の65年まで務めた実力者の顔も持つ。 高柳の私案は、英米法の発想で天皇免責論を体系化しようと構想されている。その中で、資料などの根拠がなく説明できない部分を補うため、天皇に証言を求めた記録の要約が「独白録」ではないかと推測される。 「独白録」には質問が…この記事は有料記事です。残り929文字(全文1603文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>