和歌山県上富田町の上富田スポーツセンターの全景=同町提供 海と山の鮮やかさが違う。和歌山県を南へたどってゆくと「遠くへ来たな」と感じる。高速道路が延び、JRの特急も走っているから実際の時間距離はそれほどでもない。東京の羽田空港から南紀白浜空港へ飛べば所要わずか70分だ。それでも紀伊半島の南部には別天地の趣がある。詩人で作家の佐藤春夫(1892~1964年)が故郷の南紀を詠んだ「望郷五月歌」という詩には<空青し山青し海青し/日はかがやかに>というくだりがある。 温暖な南紀(ただし和歌山県民は一般的に「紀南」と言う)は霊場や温泉、景勝地に恵まれる観光地ゆえ宿泊施設が多い。さらに2015年の「紀の国わかやま国体」で整備されたスポーツ施設の有効活用と交流人口の増大を目指し、田辺市▽印南(いなみ)町▽みなべ町▽白浜町▽上富田(かみとんだ)町▽すさみ町▽那智勝浦町▽串本町の8市町は「南紀エリアスポーツ合宿誘致推進協議会」をつくっている。高校・大学や社会人の運動部あるいは吹奏楽や合唱などの文化部が強化を図る際の合宿を呼び込むためだ。Advertisement 探す方からすれば、行きたい施設が予約でいっぱいでも他に余裕がある所を紹介してもらえる。参加自治体は取りこぼしを減らせる。協議会は国体に先立つ13年度に1市3町で発足し、初年度は県外から2万6614人を受け入れた。18年度は8万6627人に増え、コロナ禍での落ち込みを経て24年度は9万2527人に達し、26年度の目標は9万7000人だ。和歌山県田辺市の田辺スポーツパーク陸上競技場=同市提供 25年度の実績を見ると、利用者の競技別は野球30%、サッカー25%、陸上8%。属性別では大学生27%、高校生23%、中学生17%、一般・社会人13%。近畿からの来訪が65%を占め、うち大阪府69%、京都府と兵庫県がいずれも11%だった。合宿は2、3、7、8月に偏り、それ以外の時期にどう増やすかが課題という。協議会の参加自治体の多くは助成金を用意しており、上限を設けた上で、宿泊延べ人数に1000円をかけた金額を補助するといった内容だ。恒例の田辺キャンプで練習試合に臨む、社会人野球の大阪ガスの選手たち=和歌山県田辺市の田辺スポーツパーク野球場で2026年2月、鶴谷真撮影 エリア内の2大拠点は田辺スポーツパークと上富田スポーツセンターだ。高水準の野球場や陸上競技場、球技場などを備える。串本町の総合運動公園も人気がある。社会人野球の強豪、大阪ガス硬式野球部は16年以降、シーズン入りを控える2月に田辺スポーツパーク野球場でキャンプを張ってきた。峯岡格(いたる)監督(52)は「温かい所なのでケガをしにくく、素晴らしい球場やブルペン、室内練習場で多くのメニューをこなせる。近隣で同じ時期に合宿している別の社会人チームと練習試合ができる魅力があり、地元の方々がフットワーク軽くサポートしてくださるのも本当にありがたい」と話す。和歌山県白浜町の白良浜=同町提供 協議会の事務局を務める和歌山県西牟婁(にしむろ)振興局地域づくり課の田中大志郎さんによると、25年度から取り組むのはライトな層へのPRだ。大学のサークルを想定し、練習に観光やグルメを組み合わせたプランを提案する。26年度は白浜町の白良(しらら)浜や那智勝浦町のブルービーチ那智など「白い砂浜」を前面に出し、ビーチ競技の合宿や大会の誘致に力を入れている。 印南町出身の作家、辻原登さんの小説「許されざる者」(09年刊)に、主人公が本州最南端の潮岬(串本町)を訪ね、こう口にする場面がある。<ここはいいね。おそらく潮岬の台地は、世界でいちばん人間が充ち足りた気分になれる場所だ>。南紀のまばゆさは名状しがたい。己を厳しく鍛錬する合宿はもちろん、観光目的の滞在であっても、南紀の光の下で私たちは生まれ変われる気がする。【和歌山支局長・鶴谷真】Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。