東洋大姫路の記録員としてベンチ入りした松本瑠亜さん=京都市のわかさスタジアム京都で2026年10月18日午後0時27分、村上正撮影 伝統の「T」の帽子をかぶり、ベンチの最前列からグラウンドを見つめる。 甲子園春夏通算23回の出場を誇る兵庫・東洋大姫路高に今春、創部以来初の女子マネジャーが誕生した。 校長への直談判、家族での移住……。強い覚悟を持って強豪の門をたたいた。監督「覚悟は相当…」 女子部員の松本瑠亜(るあ)さん(1年)は「野球といったら男性だったが、(性別に)関係なく一緒に戦いたかった」と振り返る。 野球に興味を持ったのは小学4年生の頃だった。祖母がテレビでよくプロ野球の阪神戦を見ていた。 最初は興味はなかったが、祖母と一緒に応援しているうちに魅了されていった。 高校野球にも興味を持つようになり、「マネジャーで甲子園に出たい」と夢を持つようになった。 進路を決める中学3年の頃、地元兵庫から春夏で甲子園に出場した東洋大姫路に憧れを抱いた。 夏の甲子園大会が開催中だった昨年8月。松本さんは同校のオープンスクールに参加した。 個別相談ができるタイミングで校長にお願いをした。 「マネジャーにさせてほしい」 過去にもマネジャーを希望する女子生徒はいたという。 しかし、校舎と野球部のグラウンドが遠く離れていて移動も大変なことなどから、受け入れていなかった。 松本さんは当時、兵庫県尼崎市在住。東洋大姫路は姫路市にあり、自宅から約2時間はかかる。 野球部の岡田龍生監督とも面談をした。 グラウンドは主要駅から遠く離れており、練習が終わって帰宅すると夜遅い時間になってしまう。考え直すよう説得された。Advertisement しかし、思いは強く、諦めきれなかった。 自宅から通える強豪校を勧められると、「東洋でマネジャーがしたいんです」と思いを伝えた。 岡田監督が活動を土日に限るよう提案しても、「それでは意味がありません」とかたくなだった。日ごろから練習をともにして部員と一緒に甲子園を目指したかった。 岡田監督も覚悟が本物だと感じた。もしも、引っ越すのであれば受け入れると伝えた。 松本さんは反対する家族を説得。母、妹と一緒に姫路市内に移り住むことを決意し、入学した。 甲子園で記録員としてベンチ入りすることを夢見て、中学3年からスコアブックの書き方を学んできた。近畿大会1回戦で敗れ、スタンドにあいさつをする東洋大姫路のマネジャー、松本瑠亜さん=京都市のわかさスタジアム京都で2026年10月18日午後1時24分、村上正撮影 入部後は、練習の準備や片付け、夏場には飲み物を準備するなど献身的にチームを支える。岡田監督は「覚悟は相当なものでした。一生懸命やっていて、助かっています」と話す。 秋季兵庫大会は3位で近畿大会に出場。18日の近畿大会1回戦は京都国際に3―7で逆転負けを喫した。 松本さんは試合後、悔しそうな表情を浮かべ、スタンドに一礼した。 「冬の練習に入っていくので、マネジャーとして(大会で出た)チームの課題を分析していきたいです」 真っすぐ前を見て、語る言葉の力強さには、伝統校の一員として戦っている姿が表れていた。【村上正】Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。【前の記事】「誰がですか?」から始まった成長 大阪公立からプロ注目投手へ関連記事