作詞家の松本隆さん=東京都千代田区で2026年6月14日、中川祐一撮影 聴き手の心を捉える言葉を紡いで、時代を彩る珠玉の楽曲を世に送り出してきた作詞家・松本隆さん(77)。 細野晴臣さんに誘われ結成した伝説的ロックバンド「はっぴいえんど」。メガヒットを連発した作曲家の故・筒美京平さんとのゴールデンコンビ。新しい女性アイドル像を打ち立てた松田聖子さんの楽曲の数々――。 目の回るような忙しさの中で、「このままでは充電が切れる」と感じた松本さんは「休憩」することを決意する。 前編:作詞第1号は修学旅行のバスの中 松本隆さんを育んだ言葉たち「もうからないのは罪」 <1969年、日本語ロックの元祖といわれる伝説的バンド「はっぴいえんど」を、細野晴臣さんらと結成。作詞を手がけた> 細野さんに「プロになろう」と言われて作った最初のバンドでは英語の歌しか歌っていなくて。ぼくはそれをちょっと不満に思っていた。こういうふうにやれば日本語のロックも成功するんじゃないか、っていうビジョンだけはあったんだ。でもうまくいくかどうかは分からないし、いかない方が9割くらい。参考書も教科書もない、混沌(こんとん)の中から形を作っていった。 売れたいとか、社会を変えたいとかそんなことは思っていなくて、自分たちがやりたいことを素直にやっただけなんだよね。10年早いことをやっているっていう感覚だったから、「10年は持つだろう」と思っていた。だけど、はっぴいえんどの歌はこうして何十年も残っているよね。当時のぼくらは真っすぐでよこしまな考えがなかった。それが良かったんだと思うんだ。 <はっぴいえんどは、「はっぴいえんど」(通称ゆでめん、70年)や「風街ろまん」(71年)などのアルバムを出し、72年に解散する> 解散してすぐに1年だけ、プロデュースをやってほしいと言われて、ある事務所で4枚くらいアルバムを作ったことがあるんだ。だけどそれが収入ゼロでね。怒ってやめたんだけど、その時に「もうからないのは罪だな」と思ったんだ。 はっぴいえんどをやっていたときは、お金をちょっとばかにしていたというのかな。良い物さえ作れれば、…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。【前の記事】作詞第1号は修学旅行のバスの中 松本隆さんを育んだ言葉たち関連記事